ある能力者の日常 第十話 A2出口

《あらすじ》
不思議な能力を持った人間が主役のファンタジー。
今回は『騙し絵』の能力。

本文 4292文字

     1
僕の名前はスズキ。
小学校が夏休みなので、今日はお母さんと一緒に東京の地下鉄の三田駅に遊びに来ている。

昼12時
改札を出てパンフレットを見ながら目的の場所に歩いて行く。
「あれじゃない?」
駅員さんぽい人が1人で座っている机の方を指さしてお母さんが言った。
「あ!『超リアル脱出ゲーム受付』ってかいてあるからそうだね」
昨日から楽しみすぎてずっとソワソワしていたので、待ちきれなくて小走りになった。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは!ここってA2出口?」
「そうだよー。予約はしたかな?」
「うん!お母さん、早く早く」
お母さんのスマホにチケット代わりのQRコードが入っている。
受付のタブレットでQRコードを読み込むと、プリンターから1枚の紙が出てきた。
「案内係のキタと申します。ではこちらのリストバンドをどちらか1名つけてください」
お母さんに巻いてもらって僕がつけた。
「それではゲームを始める前にいくつか説明させて頂きます」
僕は「○番出口」というパソコンゲームが好きでよくゲームをプレイする動画を見ていたので、ルールはほぼ分かっていた。違いといえば最後の出口が2番なのと時間制限があるくらい。
「お待たせしました!ゲームスタートです」

受付の横を通ってスタート地点の通路に来た。
「間違い探しなのよね」
お母さんが受付でもらった紙を見ながら周りを見渡す。
「そうだよ。一周目は間違いが無いからよく覚えてね」
パッと見はパソコンゲームの通路に似ていたが、壁に貼ってあるポスターのデザインが違うことがすぐに分かった。
他にもいろいろ違っていたので、どこがどう変わるのかわからなかった。

二周目。
「A0出口」を示す案内板を通り過ぎて、またスタートした場所に戻ってきた。
「すごいよ、お母さん!パソコンゲームと一緒だよ」
お母さんは「○番出口」のゲームを知らないので、あまり驚いている感じではない。
さっきと全く同じに見える通路を隅から隅までチェックする。
ポスターも同じだし、他にもさっきと変わった場所は分からなかった。
時間制限があるのでのんびり探していられない。
「お母さんどう?なんか気が付いたことある?」
「いーや、全然わからないわ。変わってないんじゃないの?」
どこかに異変があったら来た道を戻る。
どこにも異変がなければそのまま進む。
選択を間違えると出口にたどり着けない。
ルールは単純でわかりやすいゲームだ。
今回は異変なしだと思ったので通路を進むことにした。

三週目。
案内板は「A0出口」のままだった。
正しい選択をすると数字が増えるはずなので、
「お母さん、間違ったみたい」
「えー!ほんとに?変わった場所が全然わからなかったわ」
動画を見てるだけの時は結構簡単じゃんとか思っていたが、そうでもないかもと思い始めた。
あと、本当の地下鉄の通路でやっていると気味の悪さが半端ない。
パソコンゲームの方も一応ホラー要素があったけど、リアルの方が段違いに怖かった。

またスタート地点。
今度こそ間違えないぞ!と、気合を入れて周りを見渡す。
「あれ?アレってさっきあったっけ?」
天井を指さしてお母さんに聞いた。
「外が見えるわね…ってなんで!?」
「うん。やっぱりあんな窓なかったよね」
「いやいや、ありえないわよ!ここ地下鉄の通路のはずよね」
お母さんがテンパっていて、なんだかおもしろい。
「よっしゃ!戻ろう」
スタート地点から逆に進んで出口の案内版を見ると「A1出口」に変わっていた。

その後、四週目で選択を間違って「A0出口」に戻ってしまった。
五週目も間違って、六週目に入ったところで時間が来てしまった。
「時間になりましたー」
受付にいたお姉さんが迎えにきた。
「残念ですが、今回は終了になります。またのお越しをお待ちしております」
受付でお姉さんと別れた。
「お母さん、もう一回やりたい!」
「えー、もうしょうがないなぁ」
と言いつつすぐにスマホを取り出して、超リアル脱出ゲームの予約サイトを開いてくれた。
きっとお母さんもやりたくなったんだろうなと思いながら僕は隣でニヤニヤしていた。
「あ、今日はもう予約でいっぱいだって」
「えー!?」
「面白いゲームだったしきっと人気があるのよ」
「諦めておいしいごはん食べて帰りましょう」
ネットで調べた近くのお好み焼き屋さんに行くことになったので、しぶしぶ駅を出た。

     2
私の名前はキタ(偽名)。とある秘密の研究所で働いていて本名は明かせない。
今日は同僚のミナミ(偽名)の代打で東京の地下鉄の三田駅で、超リアル脱出ゲームの受付兼案内係をしている。

昼12時半
「プルルルル」
「もしもし?A2出口の警備員さんですか」
「はい、そうです」
「昼休みに入りますので、皆さん昼1時半にまたお願いします」
「わかりました」
お昼ごはんの前にミナミに言うことがあったので電話する。
「プルルルル」
「はい、ミナミです」
「キタですが、いま大丈夫ですか?」
「やあ!キタちゃん、脱出ゲームの方は順調?」
「まあ順調ですけどちょっと難易度が高いっていうか、1週間たってもクリアゼロってどうなんでしょうね?」
「そっか!張り切って作った甲斐があったよ」
いや、そうじゃなくて…
「もう少し簡単にクリアできるようにしないとお客さん来なくなりません?」
「いーの!そん時はそん時。地下通路の契約も短期間だから逆にちょうどいいかもよ」
「一応忠告はしましたからね。で、そっちの方はどうなんですか?」
「聞いてよ!いつものようにセーフハウス隠れ家を作らされてるんだけど、まだ10ヶ所もあるんだって!勘弁してよ」
私にいわれても。
「早くそっちの本業に戻りたい…」
「今やってる仕事があなたの本業ですよ」


ミナミの本業について説明する

ミナミは保護が必要な人物を隠す為に、自分の能力を使用して隠れ家を作っている。
能力名は『騙し絵』。
トリックアートとも呼ばれるもので、壁に描いた扉等が本物と同じような見え方をする絵画の効果を、現実世界で再現する能力。
隠れ家上に、ミナミが能力で描いた風景画を現実に再現することで家をカモフラージュして見えなくしている。
基本的には周りが自然に囲まれた一軒家が隠れ家として最適なので、そういった場所がよく使われる。

『騙し絵』は人間の目だけではなくカメラ等の機械も欺くことができる。
衛星写真にも隠れ家は映らない。
尚、絵画に傷をつけるとその効果が消えてしまう。

ついでに、今私が手伝っている超リアル脱出ゲームの仕組みも説明しておく。

これはほぼミナミの能力で作られている。
『騙し絵』を使ってデジタルアートを描くことで、地下通路をゲームの「○番出口」に似せている。
地下通路には数十台のカメラが設置してあって、そのカメラが映し出すライブ映像に重ねる形でデジタルアートを表示させることで現実世界のゲームを構築した。

異変の有無と異変箇所については、コンピューターが自動的に判断してランダムに表示するようにプログラムされている。
ゲームプレイヤーの二択の○×判定は、通路上のセンサーによって行う。
極小ICチップが最初に渡されるリストバンドに埋め込んであり、これがセンサーを通る度にプレイヤーの通過を検知・判断する仕組みになっている。

一つだけパソコンゲームと大きく異なる点として、AIによる視線感知を取り入れている。
異変のある箇所にプレイヤーの視線が検出された場合のみ「異変に気付いた」と判断するようにプログラムしてあるので、異変には気づいてないけど異変有りと判断して通路を戻った場合は不正解(×判定)となる。

ゴールのA2出口は最初から存在しているが、出口に続く階段を能力で壁にカモフラージュして見えなくしている。クリア条件を満たした場合に壁の絵が消えて出口の階段を上ることができるようになる。
A2出口の警備員さんには外から人が入ってこないように見張ってもらっている。

A2出口説明書(受付で配布)
A2出口内部資料

「次は何のゲーム作ろうかなー、キタちゃんだったらどんなの作りたい?」
「うーん、そうねぇ…」
「ゾンビがいっぱい出てきてそいつらをXXXXXXするのとか?」
「それは無理」
「え?動くのもいけるはずですよね」
「見たことないものは動かせないんだよ」
「映画じゃダメなんですか?」
「あれってほぼCGだからダメ」
「『騙し絵』は本物を本物っぽく再現する能力だから、偽物は再現できないんだよ」
「多分、キタちゃんの能力で消えるものは再現できないよ」
「あと騙しやトリックの要素もないと能力が発動しないから、ゾンビをXXXXXXするだけだとダメだね」
「以外と制約の多い能力なんですね」
「えーそう?キタちゃんの能力が反則級なんじゃないの?」
「それよりも、キタちゃん!なんかストレス溜まってる?ゾンビをXXXXXXしたいとかビックリなんだけど!僕で良かったら相談に…」
ピッ。
なんだかイラっとしたので電話を切ってお昼ごはんを食べに行く。

いつもは高尾山の研究所にいるのであまり暑さを感じることはないが、都心の駅周辺は別の国かと思うくらい暑い。
こっちにきてから多少夏バテしているせいか食欲もそこまでわかない。
お店をどこにしようか考えていたらスマホが鳴った。

件名:おすすめの店
本文:
僕がよく行くカレー屋さんだよ!元気だして
https://www.bbole.com/maps/place/おいしいカレー店/@34.89854,135.2081…

ミナミからのメールだった。
やはり勘違いしているが、タイミングよくお店情報が来たので行ってみることにする。

お店は駅のすぐ近くだった。インドカレー店で雰囲気は良し。
ネパールの国旗が店内に飾ってあるのでインネパ系であることがすぐに分かった。
「ゴチュウモンハドウシマスカ?」
ネパール人と思われる店員さんが注文を取りに来た。
チキンカレーとナン、マンゴーラッシーを注文する。
「オマタセシマシタ」
いや、全然待ってない。
5分ほどで料理が出てきてビックリした。
スパイスの香りが食欲をそそる。
そのおかげか、結構ボリューミーだったが完食することができた。
カレーは甘くもなく辛すぎもせず絶妙だったし、チキンも柔らかくておいしかった。
「ごちそうさまでした」
店を出てミナミにメールする。

件名:Re:おすすめの店
本文:
カレーおいしかったです
なかなか分かってるじゃないですか

さて、午後も頑張りますか。
すぐに調子に乗るので本人にはいっていないが、ミナミが作るゲームは面白い。
その証拠に超リアル脱出ゲームは今日も予約でいっぱいだ。
カレー屋さんを出ると時刻は昼の1時を回った。


キタの能力が気になる方は、以下のリンクから第七話の2をご参照ください。

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