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狂気のはなし

現在、BBSGではビッグブック「第3章さらにアルコホリズム」についてを読み、ディスカッションをしながら進めています。
前回はアルコホリズムにおける身体の渇望アレルギーについて取り上げました。今回は精神の強迫観念(狂気)について考えていきます。



飲酒欲求と狂気との違い

「飲酒欲求と一杯の酒に手をつけさせる狂気と同じものか。違うとすればどのような違いがあるのか」という問いからはじめていきましょう。
断酒初期のアルコホーリクにしばしば訪れる酒を飲みたいという欲求を大きく2つに分けて考えると。
① 離脱症状による身体的な欲求
② なんらかの刺激がトリガーとなり起こる欲求(キュー渇望)

①は酒を飲んだ翌日はやめておこうと考えていても、夜には酒が飲みたくて苦しく、また飲んでしまうような場合です。これは、体からアルコールが抜けていく過程で起こる不快な症状を抑えるために、再飲酒してしまう状態を指します。
②はよく飲んでいた時と同じような環境に置かれた時、(通っていた飲み屋の近くを通るとか、ネオンをみるとか)に起こる欲求を指します。
キュー渇望については心の家路で詳しく説明してくれていますので、そちらを参照してください。

キュー渇望に対処することは断酒初期において重要な課題です。
そして断酒期間が長くなるにつれて、キュー渇望は徐々に減退していくのは僕の経験でもそうですし、多くのメンバーが体験することでしょう。

問題の本質とは何か

ではある程度の断酒期間を経ても再飲酒してしまうのはなぜでしょう。
フレッドの例をみて考えていきます。
入院中にAAメンバーの訪問を受け、退院したフレッドはプログラムには取り組まず、自力での断酒を決意します。

私はあなた方がアルコホリズムについて話してくれたことに、感心しました。けれども正直なところ、自分がまた飲んでしまうとは考えられませんでした。最初の一杯を始めてしまう時のなんとも言いようのない狂った考えについての話もとても面白かったんですが、でも知ったからには、まさか自分はそうなるまいとタカをくくっていたんです。私はあなたたちほどひどくはない。これまで自分は、他のことではまずそつなく自分の問題を処理してきた。と自分に言い聞かせて。だからあなたたちの二の舞は踏まないぞと思ったんです。とにかく意志の力を強く持ち、気をつけて用心するだけでいいのだから、十分に自信を持っても大丈夫だと思ったんです。

AA(2003) : 59

退院したフレッドは仕事に戻り、断酒を続けます。

そんなことで仕事を続けて、しばらくは何もかもうまくいっていました。酒を断るのも平気だったし。そのうちに自分はもしかすると、大したことでもないのに大げさに考えて、異常に注意深くなっているだけかもしれない、と思い始めました。

AA(2003) : 60

この「大したこと」とは断酒を「継続していく事の難しさと」読み取ると退院当初は断酒は難しいと考えていたが、時間が経つにつれて簡単にできるものへと捉え方が変化していることがうかがえます。その背景には、この頃になると飲酒欲求はさほど意識されていないことが、理由として考えられます。そんなフレッドにある日、出張の機会が訪れます。

ある日私はワシントンに飛んで、官庁に会計報告を提出しました。飲まなくなってから商用で旅行をしたこともあるので、初めてじゃなかったんです。体調も良かったし、仕事もうまくいきました。私は満足し、共同経営者もさぞ喜んでくれるだろうと思いました。行手には雲ひとつなく、完璧な1日がそうやって終わりました。

AA(2003) : 60

仕事もうまくこなせて、後はホテルでゆっくりと休めばよさそうなものですがそうはなりません。

沈んでいる時も、浮かれている時も狂気はやってくる

ホテルに帰って、夕食に出かけるのにラフな服に着替えました。ダイリングルームの敷居をまたいだ時、ディナーを楽しみながらカクテルを飲むのも悪くないな、という考えが浮かびました。それだけです。ほかには何もなかった。
……
私は油断していたばかりか、最初の一杯に対してまったく抵抗すらしませんでした。飲んだらどうなるかなんて思いもみませんでした。

 AA(2003) : 60

飲みたいという欲求を感じていなくても、不快な感情がなくても突然にやってくるこの一杯に手をつけてしまう狂った考え(強迫観念)がアルコホリズムの本質であり、飲酒欲求と言われるものとは質的に違う事がわかります。飲んだ後の結果を、AAメンバーの訪問を受けアレルギー(渇望)と強迫観念(狂気)の話を聞いていたフレッドには、飲んだらどうなるかという結果を十分に推測できるだけの情報が与えられていました。しかしその情報を思い出す事ができない。自分でも気がつかないうちに考えが変わってしまっている様子が描写されています。ビッグブックの解説書であるプログラムフォーユーでは強迫観念をこう説明しています。

他のどのような考えも圧倒してしまう強烈な考え。

ヘイゼルデン・ファウンデーション (2011) : 47

強迫観念とは、他のすべての考えを打ち消して、事実でないことを信じさせるほど強力な考えのことである。

ヘイゼルデン・ファウンデーション (2011) : 49

初めの問いである「飲酒欲求と一杯の酒に手をつけさせる狂気は同じものか。違うとすればどのような違いがあるのか」についてはこれまでの説明で答えられるでしょう。第3章ではアルコホリズムにおける問題の本質とは強迫観念であることを30歳の男、ジム、無謀横断の男、フレッドの例を出して繰り返し読者にぶつけてきています。それは自力では助かる見込みはないこと。つまり絶望を意味します。絶望とは何かをもう少し考えてみましょう。

知識は自分を救わない

ビッグブックにはself knowledge(自分を知ること)つまり病識を持つという言葉が随所に出てきます。

アルコホリズムにかかると、ほかのことにはきちんと働く意志の力が、アルコールを撃退するには驚くほど弱くなってしまうのを知って、ぼくは幾らか安心した。何とかしてやめようと思いながら、信じがたい行為をしてしまう自分に説明がついたのだ。自分を知ったからには、意気揚々と出発できる。そうして三、四花月は調子が良かった。ぼくは定期的に街に出て、幾らかの金を儲けさえした。自分を知ることーこれこそが答えだと思った。

AA(2003) : 11

今度の治療はこれまでにない自信を持って終えた。身体も心もかつてなく良好だった。何よりも、自分の頭の中の仕組みに関する深遠な知識と心の底にかくれている泉を発見したからには、再発などあり得ないと信じていた。

AA(2003) : 39

「確かにその通りだとは思うが、自分にはちょっとあてはまらない。似ているところはあるが、そんなにひどい経験はしていないし、これからすることもないだろう。おかげで自分のことがよくわかった・・・。だが私は酒で何もかも失ってはいないし、そんなことをする気にも、もちろんならないと思う。でも、いいことを教えてもらって、ともかくありがとう」。

AA(2003) : 57

引用したビルもローランドも知識としてのアルコホリズムを知ることでこの問題の解決(answer)を得られたと考えます。しかし2人とも、この後に再飲酒してしまいます。ビッグブックは具体例をあげながら、知識では飲酒の問題を克服できないことを気づかせようとします。それは、「自分を知ること」が解決を得ることだと、勘違いしてしまう人がそれだけ多いことを示しています。再飲酒後のフレッドの話を見ていきましょう。

やっといま、あなた方が言っておられたことがわかりました。私にアルコホリズムの傾向があるなら、その時と機会は必ずくるし、だから必ずまた飲むだろうと。防御を固めていても、それはある日、酒を一杯飲むための取るに足らない言い訳の前に崩れだるだろうと言われましたね。まったくその通りになってしまって・・・。それどころか私がアルコホリズムについて学んだ知識は、少しも頭をかすめさえしなかった。
その時私は、自分の頭がアルコホーリく独特なものだっていうことがわかったんです。意志の力や自覚は、不思議な心の空白から私を救えないことも。勝ち目はなかった、と言っていた人たちの話が理解できないでいた私も、この時はピンときた。ガンと一発くらわされた感じでした。……
彼らは、私がワシントンで示したアルコホーリく特有の心の動きはすでに絶望的な状況の現れであることを、いやというほど話しました。彼らは自分たちの例を山というほど、引き合いに出しました。自力でなんとかなるという自信の最後の明かりがとうとう吹き消されたと感じました。

AA(2003) : 62

不思議な心の空白とは強迫観念(狂気)を指します。アルコホリズムについて知識を持っても、その知識を思い出すことができない、または自分でも気がつかないうちに飲酒に都合がいいように歪んだ解釈をしてしまうのですから自分で飲酒の問題を解決することはできません。それは仕事や健康、金銭、社会的信用、家族、趣味、友人関係等が飲酒による悪影響を受け続け、徐々にですが確実に失っていくことになります(思い通りに生きていけなくなる)。こうした経過をたどりながらフレッドは、アルコールに打ち負かされる経験の中で絶望へと導かれていきます。
そのことが「それを手にいれるためなら何でもするという気持ち」(意欲)を持つ条件のひとつになります。

繰り返そう。アルコホーリクはあるとき、最初の一杯に対する防御の気持ちをなくしてしまう。ごくまれな例を除いて、自分自身あれ、ほかの人であれ、その一杯をやめさせられる人間はいない。その力はハイヤー・パワーだけが与えてくれるのである。

AA(2003) : 64

次回は第4章を取り上げる予定です。


参考文献

AA(2003) 『アルコホーリクス・アノニマス』AA日本出版局訳 ,AA日本ゼネラルサービスオフィス
ヘイゼルデン・ファウンデーション (2011) 『プログラム フォー ユー』
A Program for You翻訳チーム,ジャパンマック



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