【小説】カレー屋にて

女:どう?
男:いまいちだなあ。
女:そっか。
  カレーって難しいのね。
男:おいおい、オープン初日に言うなよ。
女:大丈夫。今日一日オープンして、お客さん一人も来なかったから。
  もはや開店日じゃないわ。
男:そうだな。
  それにしても美味しくないな。
女:何が足りないのかしら?
男:コクじゃないか?
女:あのさあ、ずっと前から思ってたんだけど、コクって何?
男:うーん、俺も分からん。
女:それにコクの意味が分かったところで、
  どうやって出したらいいかも分からないわ。
男:まあな。俺たち、よくカレー屋開いたな。
女:そうね。
男:ところで、何でカレー屋開きたかったんだ?
女:言ってなかったっけ?
男:聞いてないと思うな。
女:昔、近所にカレー屋さんがあったの。
  とっても美味しくて。
  それに、夫婦でやってたの。そのお店。
男:そうか。
女:とっても仲良くてね。何だか幸せそうだったの。
男:それは良いな。
女:そうでしょ?
  それで憧れちゃったの。
男:行ってみたいな。そのお店。
女:それが4年前に閉めちゃったの。
男:美味しくても、店やっていくのは難しいんだな。
女:ううん。お客さん来なくなって潰れた訳じゃないの。
  旦那さんが亡くなっちゃったの。
男:そうなのか。
女:80歳だった。
男:80歳までずっとカレー屋を?
女:ええ。
  それで「旦那さんが亡くなった後も続けて欲しい」って
  声があったんだけど、
  奥様が首を縦に振らなかったの。
  「この店は2人の店だから」って。
男:なんか、いい話だな。
女:うん。だから私もカレー屋やりたいなーって。
男:それならなおさら、美味しくしないと。
  今からもう一回作ってみよう。
女:ええ。

2人は厨房へ向かう。

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