【小説】坂の途中にて
男:あ、美咲ねえちゃん。
女:お!拓斗。こんにちは。
男は女を見る。
女:どうした?拓斗。
そんなにじろじろ見て。
男:美咲ねえちゃん、具合悪いの?
女:え?全然そんなことないよ。
元気よ!
どうして?
男:まだお昼なのに帰ってきたから。
女:ああ。今日はね、お仕事お休みしたの。
男:え。だって、だって、美咲ねえちゃん、お仕事の恰好してる。
女:ああ!そうね。お仕事の恰好してるわね。
でも、今日はお仕事じゃなかったの。
お仕事をお休みして、新しいお仕事を探しに行ったの。
男:新しいお仕事?
女:そう。今のお仕事を辞めて、新しいお仕事をしようと思ってるの。
男:そっか。それじゃあ、カラスさんと一緒だね。
女:カラスさん?
私とカラスさん似てるの?
男:うん。ほら見て。
男は隣の家の玄関を指さす。
男:あそこにね、カラスさんがいるでしょ。
あのカラスさん、いつもあそこの木に止まるの。
それでね、それでね、木の実ないかなーって探してるの。
女:そっか。カラスさんも私も探し物してるのね。
男:うん!
それでね、それでね、木の実もうないから、また飛んでいくの。
女:カラスさんは働き者だね。
男:美咲ねえちゃんと一緒。
女:うーん。私、カラスさんみたいに頑張れてないかも。
男:そんなことないよ。
美咲ねえちゃん、今日お休みなのに、お仕事探しに行ったんでしょ?
女:うん。まあね。
男:じゃあ、カラスさんと一緒。多分、また明日も来るよ。カラスさん。
女:カラスさんは生きるために必死で飛び回ってるのよね。
男:お腹すいちゃうもんね。
女:私は生きるのに必死になれてるのかな。
女はうつむく。
男:美咲ねえちゃん、どうしたの?
やっぱり具合悪い?
女:ううん。大丈夫よ。
男:だけどさ、だけどさ、カラスより美咲ねえちゃんの方が偉いんだよ。
だってさ、だってさ、お仕事の服着てるから。
カラスなんてすっぽんぽんなんだよ。
女:うふふ。拓斗は優しいわね。
男:美咲ねえちゃん、元気出た?
女:うん。元気出た。ありがと。拓斗。
私も木の実探し頑張るわ。
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