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老いる【ショートショート】
本編
「先生、『老いる』って、何だと思いますか?」
「…細胞の機能が低下する現象のことだ」
突然尋ねた僕に対して先生は少し首を傾げながら、変わらない無表情で言った。
「科学的な定義ではなく、国語的な定義の話です。先生の友達は、『最近腰が痛い』『油が胃に重たくなってきた』などの話をよく先生に振ります」
「ああ、博士の話か。確かに彼と私は同い年だから、そういう話題も多いな」
「しかし、自分の年齢に関する話を、僕たちの年代ですることはありません。腰は痛いのに、腰の痛みを話の種にすることはあまりありません。これが『老いる』ということでしょうか?」
「お前がその歳で腰を痛めたのは姿勢のせいだろう。馬鹿者め」
先生は僕を強く咎めた。僕は目線を逸らすことで逃れようとした。
「…一概にそうとは言えないが、体の衰えに関する話題への共感性が高まることは『老いる』現象の一部である可能性が高いだろう」
「しかし、博士は僕に、『君が体の機能低下を友と話し合う頃、我々は葬式の話をしているのだろう』と言いました。葬式は体の機能低下の結果起きることです。これについて話し合うこともまた、『老いる』ということなのでしょうか」
先生は首肯した。
「僕は昨日、友達と葬式について話しました。これは老いでしょうか」
先生は少し考えた後、僕に一つ問いを投げかけた。
「具体的に、どんな話をした?」
「友達は社会貢献に熱心で、斎場専用駐車場が満車になるくらいの人が来るように生きるのだと話していました。僕は葬式自体する必要がないと考えているので、葬式はしないだろうと述べたところ、ひどく驚かれてしまって…。価値観の違いを感じた良い議論でした」
「なるほど」
先生は話を聞くと何度も頷いた。
「それはただの夢物語、目標にすぎない。博士の言っている『葬式の話』は現実問題の話だ。斎場の評判や経をあげるか否かなど、もっと具体的で現実的なことを話し合う。お前らの話は『宇宙飛行士になりたいです』と小学生が言っているのとなんらレベルが変わらない」
先生は僕の頭に手を置き、少し不器用に撫でてくれた。
「『葬式の話に関する共感性が高くなる』という『老いる』の定義には但し書きとして、『葬式のことを現実味を帯びた具体的な事例として捉えている』が付け加えられる必要がある。何にせよ、お前にはまだ遠い話だ」
「…勉強になりました。ありがとうございます」
僕は感謝を述べると、先生の部屋を辞した。
あとがき
本当にあった私と母の会話を『僕』と『先生』に話してもらいました。
皆さんは先生をどのような人だと感じましたか?
私のイメージは無表情で眼鏡をかけ、紳士的な出で立ちで素朴な顔立ちの男性なのですが、きっといろんな解釈ができると思います。科学方面に明るいかっこいい女性とか。ぜひ皆さんの考えた『先生』をコメントで教えてください。
画像は『先生の部屋』をイメージして挿入させていただきました。