2023年私的年間ベストアルバム

1位 Sigur Rós『ÁTTA』

人生は無常だ。きっと見つからないとわかっていながら、この酷い世界で生きていく理由を探している。前作『Kveikur』から実に10年ぶり、キャータン・スヴェインソン(Key)が復帰してから初のアルバムである。場所はアビー・ロード・スタジオ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラを招いての素晴らしいレコーディングである。多くの曲がドラムレスに近い構成になっており、ストリングスとシンセサイザーが織り成す天上世界に、ヨンシーのエンジェル・ボイスが降り注ぐ。残酷なまでに美しいアンビエント・オーケストラ、とでも形容すればいいのだろうか。「Blóðberg」のMVには、荒涼とした大地と累々たる屍(と思しき模型)が広がっている。この世界の暗喩としか思えない悲惨な荒野の中で、Sigur Rósの音楽は屹然とした美を誇っている。

2位 藤原さくら『AIRPORT』

ハッキリ言って藤原さくらはゾーンに入っている。とりわけ『SUPERMARKET』(2020年発表)以降の作品はどれも出色の出来で、『AIRPORT』はメジャー4作目のアルバムにしてキャリアハイ。まったりとしたムードで<よくやってんなあ>と歌う「わたしのLife」から、透き通るようなサウンドで“愛”についての思索を歌う「mother」まで、実に朗らかな音楽が展開される。「君は天然色」のカバーをはじめ、シティポップ、ソウル、果てはエレクトロ・ファンクという新規軸までを取り込みながら、そのどれもが自然体で聴こえてくるのが素敵だ。歌詞の多くは平易で素朴、<なんか食べよう>、<ほらどうでもいいこと話そうよ>といった具合である。ゆとりをなくしていく時代にあって、彼女は自分が歌いたいことを見つけたように、力の抜けた言葉を投げかける。

3位 mekakushe『あこがれ』

繊細な感受性から生まれてくる綺麗な言葉と、綺麗過ぎて悲しくなるような歌......mekakusheによる2作目のアルバム『あこがれ』は、かくも美しい小さな小さな宇宙のような音楽である。君島大空、ハヤシコウスケ(シナリオアート)、管梓(For Tracy Hyde)、cosmomuleといった多士済々のアレンジャーとの出会いが、彼女の音楽を拡張したのは間違いない。それはここ数年探求してきたエレクトロニカ、インディロック、J-POPのうっとりするような合成である。中でも管梓が編曲に関わった「スイミー」と「綺麗な」は、2023年に出会った曲の中で最も輝かしいサファイアのような曲だった。生きている限り悲しみからは逃れられないが、しかし人生を愛(かな)しむことはできるはずなのだと、この音楽は暗に示してくれているように思う。

4位 STAP Sigh Boys『Chord』

どう考えても素晴らしい音楽センスと、どうやっても溢れ出してしまうキッチュかつナンセンスな性。「電子レンジで溶かしたネオソウル」(本当にそんな感じ!)、「ひとりランダム・アクセス・メモリーズ」、「高円寺のマックデマルコ」などと称される(誰に??)STAP Sigh Boysの3作目のアルバムである(たぶん)。ちなみに出身はアイルランドで、現在は日本に住んでいるという。ディスコ、ファンク、ソウル、ピアノポップを自在にブレンドしていく手腕が見事で、六畳一間の自室をダンスホールに変えてくれるイカしたポップアルバムだ。個人的には「だらけきったMIKA」という賛辞も送りたい。

5位 Akira Kosemura『SEASONS』

長閑で清らかな音楽が鳴っている。流麗な旋律で多くの人々を魅了するピアニスト、小瀬村晶によるデッカ・レコードからのメジャー・デビュー作である。「日本の四季」をコンセプトにした全12曲で、春夏秋冬を3曲ずつのソロ・ピアノで表現。移ろう時間、変わりゆく景色、終わっては始まる次なる季節......この音楽からノスタルジーを感じずにはいられないのは、温暖化によって四季を感じることが少なくなった日本における、かつてはあった美しい眺めをそこに見るからだろうか? 侘しくも安らかなメロディには、束の間の永遠が閉じ込められている。

6位 Oneohtrix Point Never『Again』

錯綜する。美しい旋律と不愉快なノイズが。錯綜する。幻夢のようなエレクトロニクスと壮麗なオーケストラが。支離滅裂なほどに絡み合う、醜悪な未来と居心地の良い過去ーーダニエル・ロパティンによるプロジェクト、Oneohtrix Point Neverの10作目のアルバムであり、本人をして「観念的自伝」と謳う怪盤である。本作は音声生成AIを援用しながら、同時に初めて生のオーケストラを招き制作されている(指揮を取ったロバート・エイムスは、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラの共同創設者)。加えてリー・ラナルド(元・Sonic Youth)やジム・オルークまでもが参加したことで、これまで以上に歪つで不可解、しかしそれでいてドラマチックな旋律が洪水のように押し寄せてくる強烈な音楽になった。これが居心地良く感じる(ポップに響く)ほど、2023年は心がバラバラだった。

7位 cero『e o』

幻惑させられた。これが自分の夢なのか、他人の夢なのかわからなくなる。ドリーミーでフューチャリスティックな気分に浸れる(というかパラレルワールドに飛ばされたような感覚に近い)5年ぶりのアルバム『e o』。スタジオ・ワークが減ってポスト・プロダクションの比重が増したという本作は、どことなく冷ややかな距離を感じる作品である。ジャズやソウルやブラジル音楽を通過したエレクトロニカにも聴こえるが、そうした印象はすぐに煙に巻かれてしまうだろう。精緻に組まれたドラムと打ち込みの音、優雅に折り重なる多重コーラス、実態を持たない断片的に連なる歌詞、しとやかでありながら緊張感が漂う音響ーーなんと形容すればいいのかわからない。ここが桃源郷であるとわかっていながら、蜃気楼の中を彷徨うようなえも言われぬ音楽体験。「Tableaux」の<リンクの切れた言葉たち>というリリックこそが、この音楽を名状しているように思える。

8位 Youth Lagoon『Heaven Is a Junkyard』

穏やかな空気によぎる緊迫感、音の隙間から溢れる悲しみと温もり、あるいは眠りながらに覚醒していくような感覚ーーYouth Lagoonことトレヴァー・パワーズが作るポップソングは、とても静かでミステリアスだ。『Heaven Is a Junkyard』 は本名義での8年ぶりの復活作である。どこか原点(『The Year of Hibernation』)を思わせる作風で、うっすらと漂うサイケデリアと時折顔を見せるアンビエンスが、素朴なソングライティングに光を与えているように思う。ピアノや菅弦楽器、ドラムの音が幽玄の世界を明るく照らすが、彼の声はいつでも寂しそうである。「Idaho Alien」、「The Sling」、「Lux Radio Theatre 」の3曲は何度聴いても心が持っていかれた。そう言えば羊文学に取材した際、塩塚モエカも「Idaho Alien」をよく聴いていると言っていた。

9位 Lucinda Chua『YIAN』

私的デビュー・アルバム・オブ・ザ・イヤー。ピアノやチェロの静謐な響きと、慈しみ深い歌声が織り成す神秘空間ーーこの閑麗なる音楽に身を任せていると、地面がなくなり心と身体が中空を漂うような夢心地を味わえる。ロンドン在住、クラシックをバックグラウンドに持つルシンダ・チュアによる初のアルバムで、リリース元は〈4AD〉。FKAツイッグスのバンドにチェロで参加していたものの、コロナ禍のロックダウンを機に自身のアルバム制作に着手。そこで完成したのが本作である。タイトルの『YIAN』は彼女のミドルネームの一部であり、中国語でツバメ(燕)を意味するもの。イギリス、マレーシア、中国をルーツを持つ彼女にとって、本作は自己のアイデンティティと向き合う制作だったという。密室的な響きを持ったアンビエント・ソウルといった趣で、これを聴いている間はいつもひとりだった。

10位 羊文学『12 hugs (like butterflies)』

隠しきれないトゲトゲしさがありますよね、と言ったら塩塚モエカは笑っていた。清らかな音色のオルタナティヴ・ロックというか、荒々しいのに澄み切ったサウンドを奏でるスリーピースで(メンバー自身は時折「ホーリー感」という言葉で自身らのサウンドを表現している)、ポップさの奥にある冒険心が魅力である。「メインストリームとアンダーグラウンドの融合」を意識しているというが、確かに羊文学は遠いところにある二極を結びつけるような力があると思う。意志の強さを感じさせるボーカルと、突き放しているのに抱きしめるような歌詞、大きな口を開けて丸呑みにするようなベースと、曲の表情を形作る繊細なドラム。『12 hugs (like butterflies)』は、横浜アリーナでのワンマン公演を行うまでに成長したバンドの最新系で、「honestly」と「人魚」には何度聴いても引き込まれる。

11位 Summer Eye『大吉』

<ダンスはいつでも味方>と歌う「失敗」で始まり、<君にも僕にも彼にも誰にでも いい事ばっかり起きまくるだろう そしたら踊ろう>と歌う「大吉」で終わる全9曲。基調となっているのはTB-303のサウンドで、ボサノヴァ、ダブ、レゲトン、バレアリックを飲み込みながら、ハウス・ミュージックと持ち前のポップネスを合流させたチャーミングな作品ーー2020年に解散したシャムキャッツのフロントマン、夏目知幸のソロ・ファースト・アルバムである。とにかくポジティブなバイブスを持っているところが気持ちよく(「大吉」というタイトルが最高)、Róisín Murphyの『Hit Parade』と並び、暗い2023年にささやかな光を与えてくれたダンス・ミュージックだ。気が滅入るニュースを見ながら、言い訳がましく酒を飲んでは一服吸って、どうしようもない自分をなだめすかしている。この先良いことなんか何もない気がするけど、明日のことは誰にもわからないから、時々はウキウキしていたい。この時代にこのアルバムを聴く理由は、本当にいくつもあるんだ。

 12位 Sleaford Mods『UK Grim』

カッコよすぎてたまげた。寒々しいまでに無骨なポストパンク・サウンドと、怒気を含んだポエトリー調のボーカルーーノッティンガム出身のパンク・デュオ、Sleaford Modsが絶好調だ。イギリス社会への不満をぶち撒ける獰猛な音と言葉には、英語がわからなくても伝わる意地と誇りがある。80’sの切迫するポストパンクを思わせる「Apart from You」と、鍵盤の音をフィーチャーしたバチクソに踊れる「On The Ground」がキラー。そしてDry Cleaningのボーカル、フローレンス・ショウが参加した「Force 10 From Navarone」に至っては、迷うことなく2023年のベストトラックである。

13位 Colleen『Le Jour Et La Nuit Du Reel』

眠りを忘れてしまった都市生活者への、心安らぐ子守唄のように聴こえる。優れた作品をいくつもリリースしてきたフランス出身のColleenによる、これまた妙々たる通算9作目のアルバムである(2007年発表、『Les ondes silencieuses』以来となるインストゥルメンタル・アルバムでもある)。タイトルは『Le Jour Et La Nuit Du Reel』(フランス語で「現実の昼と夜」の意)で、昼と夜の2つのセクションが、7つの組曲で展開されていく。特筆すべきは、本作が1台のモジュラー・シンセと2台のエフェクターだけで作られている点であり、デジタル・プロダクションは一切加えられていないという。後半にいくにつれて恍惚さを増すというか、昼よりも夜の方が優しく感じられるのは、この世のあり様そのものだ。「Be without being seen - Movement I」の優婉なる響きに息を呑む。

14位 Tim Hecker『No Highs』

ここはなんだか居心地が悪い。暗い部屋で明滅する電球を眺めているような、落ち着かない気分の電子音響。〈kranky〉からリリースされた、ティム・ヘッカーによる11作目のアルバム『No Highs』(1曲だけゲストでサックス奏者、コリン・ステンソンが参加)。ジャケットに描かれるのは、グレーのフィルターを通して見ているような逆さまの都市。とても正常とは思えない。エレクトロ・シューゲイザーを遠方に眺めながら、クラシックやジャズを取り込んだドローン/アンビエント? まるで雪で覆われたまま時が止まった世界を歩くような、えも言われぬ孤独を味わえる。

15位 冬にわかれて『flow』

感動的なアルバムだ。知性と技巧と情熱を感じるアンサンブル、確固たる存在感で耳孔を貫いていく歌(≒言葉)......『flow』には抗い難い魅力がいくつもある。寺尾紗穂、伊賀航、あだち麗三郎という練達者たちからなるバンドの3作目のアルバムで、詞曲・演奏共にこれまで以上の充実ぶりを感じる作品だ。ポップとジャズを気品と鋭さを持ってまとめる力は、間違いなくこの3人の個性だろう。頭から終わりまで白眉だらけのアルバムだが、「舟を漕ぐ人」、「もしも海」、「可愛い栗毛」、「Girolamo」の4曲には何度も心を打たれた。

16位 Róisín Murphy『Hit Parade』

明るくカラフルで祝祭感があり、妖艶だがどこか茶目っ気も感じるダンスミュージック。最高だと思う。ロイシン・マーフィーがDJコーツェとの共同プロデュースで完成させた作品で、〈Ninja Tune〉に移籍しての第一弾アルバムだ。ソウル、ディスコ、ヒップホップ、サイケ、 エレクトロニカを温かい手触りでまとめたようなダンス・トラック集で、制作はそれぞれが住むロンドンとハンブルグからリモートで行われたというが、息の合った呼吸を感じるのは気のせいではないだろう。聴き終えた時にはふっと心が軽くなっている、暗い日常を明るく照らすディスコ・ディーバの面目躍如。

17位 鬼の右腕『おしゃらか』

悪魔や鬼が集まって乱痴気騒ぎを起こしているような、強烈な音塊を放つプログレッシヴ・トライバル・サイケ。2010年に小林うてなが中心となって結成されたバンドの復活作で、アルバムとしては10年ぶりのリリースである。なお、メンバーは全員音楽大学の打楽器科に通っていた経歴を持っている。リコーダー4重奏にシンセサイザーが重なる「其ノ鐘ヲ鳴ラストキ」から、どことなくメランコリックな余韻をもたらす「日ノ出ノ夢」まで、全編を通してぶっ飛ばされること請け合いだ。呪術的なグルーヴとエキセントリックなフレーズの応酬から浮かび上がる妖艶な美......悪い夢を見れそう。

18位 Vagabon『Sorry I Haven't Called』

インディロック(ファースト・アルバム)から内省的な雰囲気のシンセポップ(セカンド・アルバム)と変遷を経てきたVagabonことレティシア・タムコが、3作目のアルバムではハウスやダブステップを取り込みダンス・ミュージックへと接近。カメルーン育ちでニューヨークを拠点に活動するマルチ楽器奏者、プロデューサー、シンガー・ソングライターであり、本作では共同プロデューサーに元Vampire Weekendのロスタムを招聘。前作に比べると陽気なバイブスを放っているが、彼女らしいアンニュイさも残っており、オーガニックな手触りが心地よい。ダンサブルであると同時に、雅やかなポップソングとしても聴けるといったところか。友人の死をきっかけに生まれたという本作について、レティシアはこんな風に言っている。「内省的になっている場合じゃなかった」。悲しむには十分過ぎる材料が揃ったこの世界で、誰もがぶっ飛ばしていける理由を探している。

19位 Claud『Supermodels』

このメロディが好き、という身も蓋もない理由だけでのめり込むアルバムがある。2023年はClaudだった。ノンバイナリーを公言しているブルックリンのSSWによる2作目のアルバム『Supermodels』。リリースは前作(『Super Monster』)同様Phoebe Bridgersのレーベル、〈Saddest Factory〉からである。宅録ローファイ・ポップ風の作りからは脱皮し、バンドアンサンブルが色彩を与えるインディロック然とした作品へと変化している。新しいアコースティック・ギターと中古のアップライト・ピアノを使い、友人の手も借りて制作したという背景は、今作の開放感と無関係ではないだろう。日々の苦悩や葛藤を綴ったというパーソナルな歌詞のニュアンスは残しつつ、Claudの歌は時に瑞々しいまでに輝く。80’sシンセポップ風の「Wet」やオアシスを思わせる「Every Fucking Time」、あとは「A Good Thing」と「It's Not About You」が白眉。

20位 Cleo Sol『Heaven』

2週間で2枚のアルバム(『Heaven』と『Gold』)をリリースして驚かせたCleo Solによる、2023年1作目のアルバム。『Gold』の方が音の主題がハッキリしているというか、『Heaven』の方はバラつきがあり、全体的に気ままな空気が感じられる。ジャジーな香りが漂う前半に比して、ラテンやアフロへと傾倒する後半という構成だが、いずれも温かみと気品を感じるところが彼女の魅力だろう。フォーキーな質感のソウル「Airplane」と、夜の帳に溶けていくようなしっとりとしたネオソウル「Go Baby」、そしてほとんどアコギと歌だけで聴かせる「Love Will Lead You」に癒される。リリースする作品全てのクオリティが高く、今後もその水準が崩れることはなさそうだ。

21位 Snõõper『Super Snõõper』

1分前後の曲をズラリと並べて駆け抜ける、スピード狂による初フルレングス。パンク、ガレージロック、ポストパンクをごちゃ混ぜにしたようなサウンドが痛快で、日々の鬱憤を吹き飛ばすようにノイジーでエネルギッシュな音楽である。ボンゴやシンセの音まで導入し、酩酊感を伴いながら燃え盛る唯一5分強のエンディング・トラック、「Running」で生まれるカタルシスが堪らない。Snõõperは米ナッシュビルを拠点に活動している、エッグパンクの旗手と目されるバンドであり、本作のリリースはジャック・ホワイト主催の〈Third Man Records〉から。女性ヴォーカルは現役の小学校教師だという。

22位 Monthly Mu & New Caledonia『HUMANIAC』

歌の主人公はいかにも頼りなさそうだが、ひたむきで情熱があり、何故だか眩しく思う。「門口夢大(Vo)をバンドの軸にする」という理念を確立し、ようやくバンドのアイデンティティを掴んだMMNCのファースト・アルバム『HUMANIAC』。歌詞には門口のパーソナリティが押し出され、音楽的にはオルタナティブ・ロック、エモ、パンク、ファンク、インディ・ポップなどからの影響が全景化。いわばロック色を強めた作品である。結成当初にインタビューした時には、「『ローファイ・ヒップポップ』という名目のもとに集まって、最初にD’Angeloをセッションした」と語っていたが、その頃からは大きな変遷を経ての作品というわけである。「絶望も経験したからこそ、希望を歌える」という言葉が印象的で、とにかくメンバー4人の笑って騒いで踊り明かすような溌剌としたムードが伝わってくる。最低だけど最高なこの人生、タフに乗り切ろう。

23位 Jeremiah Chiu『In Electric Time』

恍惚の電子空間トラベル。モジュラーシンセが生み出す麗しの銀河を遊泳する、とろけるような37分間。コミュニティ・オーガナイザー、グラフィック・デザイナー、教師といった様々な顔を持つモジュラー奏者・Jeremiah Chiu。『In Electric Time』はLAのヴィンテージ・シンセサイザー・ミュージアムにて、2日間で録音されたニューエイジ/エレクトロニカ/アンビエントジャズ・アルバムである。夢見心地で躍動感があり、甘い嘘でそっと騙してくれるような魅惑がある。没入した先に宇宙を垣間見るようなサウンドは、どことなくClusterを思わせる。

24位 M. Sage『Paradise Crick』

夢想する。もし森博嗣の「WWシリーズ」(今から約200年後の世界を描いた小説シリーズ)の世界が実際に訪れたとして、現実とヴァーチャルの境目が曖昧になった空間で生活するとしたら、こういう音楽が鳴っているのではないだろうかと。デジタルな質感で作られた大自然を旅するような、心温まるアンビエント作品。〈RVNG〉と契約してリリースされたM. Sage名義でのアルバムで、5年の歳月をかけて作られたという意欲作だ。シンセサイザーやアコースティックギター、ハーモニカやパーカッションが織りなす優美な響き、エレクトロニカやジャズを横断しながら、ゲーム音楽のような物語性をも喚起する。

25位 Alexandra Streliski『Neo-Romance』

夜の深みが増した頃、この音楽は一層その魅力を強めていくように思う。フランス系カナダ人のピアニスト/作曲家、アレクサンドラ・ストレリスキの滋味溢れるサード・アルバムである。カナダでプラチナ・アルバムを獲得した前作『Inscape』からは5年ぶり、ベルリンを拠点とするソニー・マスターワークス傘下の新レーベル、〈XXIM Records〉に移籍しての最初の作品だ。「Elegie」に関して「愛する人との別れをイメージした、純粋な愛が詰まった切ない曲。失恋中に書き始めた作品だが、とても幸せな場所になった」と語っていたが、そうした愛念は本作全体に浸透しているように思う。前作よりもいくらか厳かで、切なくも劇的な旋律を弾くピアノには思わずため息がこぼれる。


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