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突然、吹奏楽部の顧問になる⑵

 年度末近い2月、学校長に呼ばれて校長室に行くと、話題は次年度人事のこと。具体的には「吹奏楽部の正顧問」にというお話。そこには、「人口減少×クラス減」による教員定数の削減と、進学校として主要教科を維持することが優先という現実がありました。そして「音楽の先生を減らす」という決定について、その直撃弾は私に飛んできたのです。

学校長に聞いてみる①

 公立高校には「異動で来る新しい先生には、ちょっとしんどい学年・クラスを担当させる」「異動で来る新しい先生は、前任者の担当をそのまま引き継がせる」などの習慣があります。もちろん、すべての学校にそのような習慣があるわけではありません。ただ、たとえばテニスの指導で高い実績と多くの生徒さんを育てた優秀な先生が、異動先で柔道部(前任者の担当)の顧問になるということもあります。ちなみに、その高校にもテニス部はありますが、顧問はテニス経験のない先生が勤めています。当時の校長は、そういう人事をするタイプ。私が、異動早々に3年生の担当になり、そのままなのも「予備校経験者」だから。それは、私の特性を活かすというよりも、「よろしくね(薄笑)」という、人を試すような、そんな感じ。
 で、校長先生に聞いてみました。
 「これは命令ですか、打診ですか」
 教員定数の削減に伴う「音楽科の非常勤講師への転換」は、まだ職員会議で話題になっていません。つまり、この後、私が職員室に戻って「今、校長先生から、次年度吹奏楽部顧問やれって言われたんですよ。来年、音楽の○○先生は異動でいなくなって、音楽も非常勤になるみたい」と言うと(言いませんけどね)、校長先生かなり難しい状況になるはず。つまり、これは「打診」。さらに言えば、音楽の先生に異動を伝える際、「吹奏楽部・合唱部は(私)がやってくれるって言っているから」というための言質を取ろうとしたとも言えます。
 「打診です。まだ、命令ではありません。」
 「打診であれば、お断りします。私には、指導経験も指導能力もありません」

学校長に聞いてみる②

 「なぜ、私を吹奏楽・合唱の顧問にとお考えなのですか」
 「それは、今、副顧問だから」
 「私、楽譜読めないと言ったら、校長先生はどのようにお考えになりますか」
 「それは、顧問になったら覚えてもらうしかない。私も、新任の時、やったことのないバレーボール部の顧問になって、そこで覚えました」
 「そのバレーボール部は、強かったですか」
 「あまり、強くはなかった」 
 「そのバレーボール部が、県大会以上の常連校・名門校・伝統校だったらどうしますか」
 「本校の吹奏楽・合唱は県大会は常連で、それ以上の大会にも定期的に出ます。音楽大学に進む部員も多く、地区の中学校の音楽・吹奏楽部の先生にも卒業生が多数います。そういう学校の吹奏楽部に、素人を据えてよいのですか」
 「本当に楽譜は読めないのか」
 ちなみに、私が吹奏楽の副顧問をしているのは、私の前任者のポジションを引き継いだだけ。校長は、私が学生時代に少し音楽をしていたことは知らないはず。そもそも「予備校×先生」になってから演奏活動はしていません。正直、それどころではない日常です。
 「お断りします。そして、音楽でなくても吹奏楽部の顧問をして、実績をあげている先生はいます。昨年、隣の市の○○高校吹奏楽部が全国大会に出場しましたが、顧問の先生は国語です。そういう先生を引っ張ってきてください。」
 そのあとのやりとりは覚えていません。職員室に戻ると「何だったの」と聞かれましたが、一応とぼけておきました。

覚悟はしとかないといけないだろう…という

 その後、職員会議で「教員定数の削減・音楽科の非常勤講師転換」が正式に告げられました。揉めましたが、これは校長命令です。
 私は、覚悟はしといた方がよいだろう…と思いました。おそらく、あの校長先生に、吹奏楽・合唱の後任を引っ張ってくるという認識はない。それは、他の部活動や分掌への配置を見ても同じ。つまり、そういう人材を探す気はない、そもそも人材を活かすための適切な配置という発想がない。
 そうなったら…を想定して考えたのはこんなこと
・3年生の担任は外してもらう
・会計などをやってくれる副顧問をつけてもらう
・私は指導できないので、外部に協力を求める

 思い出したのは、昨年の夏の吹奏楽コンクールの時のこと。
 審査員の一人が、高校時代所属していた市民オーケストラの友人(以降、Sさんとします)でした。大人ばかりのオケの中、私とSさんとだけが高校生団員。そして彼は音大に進んで作曲家となり、吹奏楽の世界では有名になっていました。副顧問×大会役員として参加した会場で久しぶりに再会し、メールアドレスを交換。その後、近所に来たときは会って飲んだりもしました。
 彼に相談しようと思いました。忙しいでしょうし、高名ですから謝礼もかかるでしょうが、彼に頼るしかない、頼るのは彼しかいません。
 そして、音楽の先生は隣の学校に異動となり、私は正顧問となり、なぜか副顧問はつかず、担任は外れましたが所属は3年生のまま、新年度スタートになります。
 もちろん、吹奏楽・合唱の生徒さんの動揺はとても大きなものでした。
 異動も大きいですが、音楽の先生は「隣の学校の吹奏楽・合唱の顧問」になったわけで…。これには私も動揺しました。

吹奏楽・合唱の顧問になって…

 合唱は、卒業生で音楽教室を運営している方が、ボイストレーナーとして時々来校されていました。部員と相談の上、この先生に指揮・指導をお願いすることにしました。問題は謝礼です。
 まず、学校に「部活動指導員」として登録しました。年に数万円ですが、謝金が出ます。全然足りないですけどね。
 ただ、F高校の卒業生であり、異動された音楽の先生の教え子であり、合唱部のOBでもあるその方は、「今は部の危機だし、卒業生がお金を受け取るのはできないという気持ちもある。現在の仕事の合間ということで」と言ってくれました。私のやるべきことは、正当な謝金を払えるような体制を何とかして作ることです。
 吹奏楽の方は、今は有名作曲家になったSさんが、春休みに来てくれました。
 まず、吹奏楽コンクールの課題曲4曲の合奏練習をしてくれて、終わってから部長やパートリーダーと一緒に、「このバンドなら、この課題曲がいいかもしれない。その場合…」というアドバイスをくれました。同様に「自由曲の提案」もしてくれました。これで、部員の不安がかなり収まったというか、前向きになってくれました。
 部員の中には、中学時代、Sさんの曲を演奏した、Sさんに合奏指導をしてもらったという経験を持つ者もいて、Sさんとのコミュニケーションもスムーズでした。もちろんSさんの人柄のよさも大きいのですが。
 高校時代、私と市民オケで一緒に演奏していたという過去がSさんから語られたことも少しよかったかもしれません。私が「音楽素人」であることは変わりませんが、「ド素人ではない」ことは安心材料になったそうです。また、Sさんの大学の同級生にF高校吹奏楽部OBの管楽器奏者がいることもわかり、そういう方にも、今後指導に来てもらう…という流れができました。Sさんは音楽室から電話してくれて、私も挨拶をして、そのまま「では来月の〇日にうかがいます」まで決まりました。
 その晩、Sさん、私、隣の学校に異動した音楽の先生の3人で食事をしました。とても楽しいひと時ではあったのですが、私の不安は大きいです。
 ちなみにSさん、今回の訪問・指導は「昔のよしみと、困っている友人を助けるためだから謝礼はなくてよい。その代わり夕食おごって。地元にはおいしいお酒があるでしょ。」
 そして、その晩の食事代は、異動した音楽の先生が出してくれました。
 「これは、お祝いだから」

 私、人には恵まれているようです。 
 感謝以外の言葉がありません。
 そして翌日、Sさんは午前中、お隣の学校の吹奏楽部の指導をし、午後にはもう一度こちらの吹奏楽部をみてくれました。課題曲4曲の中から決めた1曲の合奏練習です。ものすごい音がしました。
 謝礼を渡そうとすると、「これは昨晩の食事でもうもらっているから」と言い、新幹線で東京に帰っていきました。 

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