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Du Vert au Violet|ムエット・エッセイ
【お知らせ】2021.9〜
「架空のアブサン酒」は限定版を除き、今後「プライヴェート・ポプリ」と名称変更して販売致します。内容物に変更はありません。
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Text|KIRI to RIBBON
モーヴ街・春のオンランイベント《アブサンの文法》本編は昨日終了致しました。モーヴ街の各建物をお散歩して下さいました皆様に御礼申し上げます。作品販売は明日3月14日(日)23時〜。アブサン色に染まったウィンドウでぜひお買い物をお楽しみ下さい。
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本日は、ここ「架空のアブサン酒専門店|ドゥ・ヴェール・オ・ヴィオレ」より、別便をお届け致します。
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「架空のアブサン酒」とは、リキュールに様々な薬草が調合されているように、「文学・アート・モードを調合したコンセプト作品」のこと。本イベントにて「訳詩」「絵画」「ポプリ」を封入した《限定版シリーズ》全9点、《小壜シリーズ》全5種、《Paper Sachetシリーズ》全5種を発表しました。
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以下の一連の記事に詳しくまとめていますので、アブサンの馨しい一滴をぜひご堪能下さい。
本シリーズには、天然原料のみを調合、一ヶ月以上熟成したオリジナルのポプリが封入されていますが、今回はオンライン開催のため、ポプリの「香り」を皆様にご体験頂くことができません。そこで、香り選びのご参考にして頂きたく、「オンラインの試香の文法」として、香りの印象を綴る《ムエット・エッセイ》をお届け致します。
執筆者は、香りに造詣の深いモーヴ街に住む四名の方々です。
嶋田青磁|ルネ・ヴィヴィアン翻訳・モーヴ街図書館
維月 楓|ヴァージニア・ウルフ翻訳・モーヴ街図書館
ヨネヤマヤヤコサロン主催・モーヴ街ブライオニー荘
高柳カヨ子|サロン《少女の聖域》主催・モーヴ街ブライオニー荘
室内香ではなく、「香りと対話するポプリ」を提案した本シリーズ。各エッセイは四名が「香りと対話した記録」になります。それぞれの感性が香り立つエッセイで各ポプリの試香をお楽しみ頂けましたら幸いです。
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ルネ・ヴィヴィアン散文詩《死の虹》より
「VERT|緑色」を題材に調合したポプリ
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|ポプリ|
真正ラべンダー/ベルガモットミント/ジュニパーベリー/ニガヨモギ/コリアンダー/オリスルートほか
*天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
VERT|Du Vert au Violet
川辺に揺れる柳や川藻のグリーンの風景をアブサンのグリーンに写し、ニガヨモギとベルガモットミントを調合、ハーバルな香りが漂います。その底流に水辺の冷たい印象を与えるのは真正ラベンダーとジュニパーベリー。コリアンダーのスパイシーな甘さが、「物憂さと眠り」を響かせます。清涼な中に、わずかな甘みとニガヨモギの頽廃が過る香りです。
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VERT|嶋田青磁
予感、予兆、そして不在。青々と茂る緑のなか、乙女の存在だけが欠けた情景がみえる。まるで、水面に映る影のように。ルネ・ヴィヴィアンの詩《緑色》では、乙女がいなくなったあと、空の小舟がぽつんと漂い浮かぶ。香料を包む薄紙が小舟であるとしたら、なかに封されているのは不在そのものだろうか。誰もいない、けれど誰かがいたはずの水辺に吹く風は、きっとこんな香りをしている。アブサンの一閃が、生と死のあいだを鮮やかに駆けぬけてゆく。
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VERT|ヨネヤマヤヤコ
ラベンダーとベルガモットミントによる素晴らしい階調。ニガヨモギとコリアンダーの苦味と温かみのあるスパイスの調和に心踊る。いつもより饒舌な唇と心のまま打ち明けたい衝動をもてあますとき。緑の妖精に会いたい刻。肌寒い雨の並木道でアブサン時間が始まるのは午後5時半。頰は紅潮してゆき暖かな対話の時間が流れる。ヴェルテのアブサン酒がオパール色に変化するように陶酔の時間へと変化する。
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VERT|高柳カヨ子
冷んやりとした銀鼠色の水に手を浸すと、そのまま深淵に引き込まれてしまいそう。クロムダイオプサイトの葉を持つ針葉樹の群。硬い樹肌に耳を澄まし、高く吸い上げられる流れを想像する。どこから運ばれるのか、一瞬南の国の空気が朧に浮かぶが、すぐさま冷気に吹き消されて、また身体が冷える。ドライマティーニが飲みたい。エクストラがいい。アセテートのプリーツスカートは水を弾いてくれるから、少しだけ足を浸けてみる。水の中に潜んでいるものを刺激しないように、そっと。
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ルネ・ヴィヴィアン散文詩《死の虹》より
「ORANGE|橙色」を題材に調合したポプリ
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|ポプリ|
カモマイルジャーマン/オレンジビターピール/ネロリ/ジャスミン/オールスパイス/フェンネル/オリスルートほか
*天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
ORANGE|Du Vert au Violet
「果樹園」をイメージして、カモマイルジャーマン、ネロリを配合。フローラルなシトラスの中で、ジャスミンが天鵞絨の質感で静かに広がります。オールスパイスとフェンネルが夜へと続く「夕暮れ」の諧調としてかすかに過ぎり、ヴィヴィアンの乾いた詩情のように、オレンジビターピールのドライな苦味が残ります。フルーティでフローラルな甘さにわずかに苦味が残る香りです。
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ORANGE|嶋田青磁
エロスとタナトス、さかさまである二つの事象は《橙色》の詩句によって曖昧に溶けあうものとなった。夕暮れの果樹園、愛しあう女たちをとりまく爛熟した果実の香り。それは異国の後宮に垂れこめる煙のように、二人を外の世界から隔てている。快楽のもたらす至上の幸福は、ゆっくりと沈む太陽のように、やがて夜へ——死へ向かうのだ。そのゆるやかな横滑りのあと、二人の生をこの世にとどめているのは、肌に残された官能の香りだけであった。
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ORANGE|ヨネヤマヤヤコ
幼少期の花遊びの思い出。花野を走りまわり寝転がって眺めた空の色彩。木に登って摘み取った果実。はらいおとした殻実。帰り道に長く伸びた影にまで記憶を辿ってゆく。ひざの上で眠る猫を撫でながら郷愁を弄ぶ夕暮れのひと時。カモミールとネロリは孤独を治癒してくれる薬草。オレンジピールとスパイスが気持ちを強めてくれる。木綿のワンピースとフランネルのショールに残るのはひなたの香り。
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ORANGE|高柳カヨ子
辺り一面ファイアオパールに包まれたようだ。ゆっくりと燃え上がる悦楽に埋もれ、かといって決して溺れることなく、時折かすめる茴香の記憶に自らを取り戻す。柑橘の果皮の苦味もまた、ねっとりと絡みつく甘さにかき消されそうでいて最後まで消えることはない。緩く編んだモヘアのニットの下には何も着ていないのに、身体は熱く精神は高揚している。大地の林檎を一口齧り素馨花の存在に気付いたら、香ばしい燃えさしを名残惜しく抱きしめてその暖かさにあなたを想う。
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ルネ・ヴィヴィアン散文詩《死の虹》より
「VIOLET|菫色」を題材に調合したポプリ
「VIOLET|菫色」のみ、香りが2種ございます
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小壜シリーズ
「VIOLET|菫色」
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|ポプリ|
ローズパープルバッズ/ローズアブソリュート/金木犀/矢車菊/アニスシード/アニススター/ローズマリー/ベチベル草/オリスルートほか
*天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
VIOLET(小壜シリーズ)|Du Vert au Violet
「しっとりとした菫色の目」をイメージしたローズパープルバッズが矢車菊の青菫色と美しく調和する配合です。ヴィヴィアンの甘美な死の詩情を伝える薔薇と金木犀の甘さに、アイルランドの「湿地」を思わせるベチベル草が重みを与えます。印象的なアニスが「雲」のように漂い、「紫の夜」の帳が降りるようにローズマリーが重なります。複雑な甘さと重さを持つ薔薇の香りです。
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VIOLET(小壜シリーズ)|嶋田青磁
魔法と神秘の満ちた、遥かな国。夢想の向こう、「ここではない場所」の香りは、ひそやかに咲く薔薇と菫の花園であった。わたしたちは、なぜ夢見るのだろう? 現実という薔薇のとげが、そうさせるのか? けれどもアブサン(緑色)が一滴ずつ滴り落ちれば、苦しみや葛藤、迷いさえ、おだやかな夢へと変貌する。それはさいごに見る夢、永遠に終わらない夢の白濁。さあ、こわがらないで、盃に口をつけて……
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VIOLET(小壜シリーズ)|ヨネヤマヤヤコ
ポプリを美しく彩る薔薇の蕾と矢車菊と金木犀の可憐なイメージは優しく裏切られるでしょう。馨しい薔薇にアニスとスターアニスが神秘的で複雑な甘さを際立たせ、厳かで豊醇な香りの奥にぬくもりのある人肌のようなレザーノートを感じます。夜の闇は紫色。天鵞絨のカーテンを引いて蝋燭を灯して、そっと香りを燻らせみて。耳をすませて香りを聞けば女教皇より啓示が與えられるかも知れません。
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VIOLET(小壜シリーズ)|高柳カヨ子
薔薇色の時は永遠には続かない。それを嘆いて自ら時を止めることもできるが、木乃伊になるかわりにクッキーを焼こう。八角は甘い痛みを思い出させるが、間違いは誰にでもある。反芻する記憶に傷付く方が多いと決まっているのに、また秋の芳しい空気を待ちわびてしまうのは何故だろう。青紫のタンザナイトの夜明けに相応しい自分で在ることを願い、シルクの部屋着を纏ってみる。また同じ朝が来ることを恐れる権利があるように、明けない夜を期待してもいい。
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限定版 & Paper Sachetシリーズ
「VIOLET|菫色」
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|ポプリ|
ローズレッド/ローズアブソリュート/矢車菊/イランイラン/ヘザー/ローズマリー/ベチベル草/オリスルートほか
*天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
VIOLET(限定版 & Paper Sachetシリーズ)|Du Vert au Violet
少し重みのある薔薇の甘さとイランイランのフローラルをアイルランドの「湿地」を思わせるベチベル草が支え、「緑の調和」たるローズマリーのグリーンが香りどうしを繋ぐように漂います。臈たけた雰囲気の中にシャープさも感じる薔薇の香りです。
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VIOLET(限定版 & Paper Sachetシリーズ)|
嶋田青磁
薔薇の花が散らされた天蓋、咲きほこる菫の寝台。ルネ・ヴィヴィアンは晩年、菫の花束を抱きながら死を望んだが、彼女が浸った死の夢が、ひとつの香りとなってここに結晶しているようだ。紫色の夜がひろがる静かな夜、もはや夢と死は区別されない。ああ、なんて甘美なのだろう。わたしはずっとここに来ることを望んでいた。悲しみや苦しみなど存在しない、わたしだけの愛すべき場所。菫色をした孤独の香りが満ちわたる世界。
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VIOLET(限定版 & Paper Sachetシリーズ)|
ヨネヤマヤヤコ
薔薇、イランイラン、ローズマリーという古の香粧品よりお馴染みのハーブが配合されたポプリ。美しくなる魔法が秘められているに違いありません。身支度を整える貴方のブドゥワールでそっと蓋を開けてみれば貴婦人のモーヴ色のチュールガウンの衣擦れの音が静かに響くようです。淡い水彩絵具をのせるように空気の色が変わり、ふと鏡の中にいつもよりエレガントな所作の自分に気づくことでしょう。
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VIOLET(限定版 & Paper Sachetシリーズ)|
高柳カヨ子
生まれた土地がどれ程美しかろうと、その四季がどれだけ素晴らしくても、絶望の中では意味をなさない。変わらぬ愛などないと地に伏したことがあるのならば、そこからもう一度歩き出すことはできるのだろうか。荒れ野にひっそりと咲く可憐な花も、花の中の花と讚えられる大輪の花も、いつかは枯れる。花は枯れることで実を結ぶ。雨に打たれて色を増すアメジストの結晶に、消えない創痕を癒してもらうのもいい。洗い晒しのコットンの服が柔らかく暖かいのは、何度も傷付いているから。
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ヴァージニア・ウルフ散文《青色と緑色》より
「GREEN|緑色」を題材に調合したポプリ
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|ポプリ|
ペパーミント/ヘザー/ニガヨモギ/ゼラニウム/ブラックペッパー/ベルガモット/オリスルートほか
天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
GREEN|Du Vert au Violet
GREENのペパーミントに星々のように淡い桃色のヘザーが煌めく配合。「緑の針」を手掛かりに、ペパーミントとニガヨモギでソリッドなアブサン酒の薬草感を表現。鋭利な香りにゼラニウムが丸みを与えます。ブラックペッパーの少し甘さのある刺激が夜の到来と共に訪れます。アブサンの薬草感あるシャープな香りです。
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GREEN|維月 楓
調度品に囲まれた部屋、一叢のペパーミントの妖精が窓辺に踊り入る。室内に光が射すと存在と不在の宙をニガヨモギが舞うのが分かる。荘厳なゼラニウムが縁取り、深淵なブラックペッパーが覗く。扉が勢いよく閉まり、白いドレスを纏った姿が、少女のように指の腹から草の汁を滴らせる――両手を隠して。あの洋服の襞に織り込まれた強きエレガンスのため、暖炉の上に手を伸ばし、ガラス瓶が取り巻く緑色の空気の香りを昇らせるのだ。
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GREEN|ヨネヤマヤヤコ
薬草酒のように冷涼なペパーミントとニガヨモギから薔薇に似たゼラニウムの香りが甘やかに立ち上ります。天国の種子と呼ばれたブラックペッパーの刺激も心地よい甘味苦味辛味のハーバルノート。ほてった肌に吹く五月の夜風。眩しい日差しの下の大理石の冷気。乾いた身体に冷たい水が染み渡るように肺の中に緑柱石の煌めきが満ちてゆきます。五感を研ぎ澄ませ明晰な思考力を導いてくれるポプリ。
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GREEN|高柳カヨ子
むせ返るような植物の息遣いの中、仄暗い倦怠と微かな期待を伴って夜が訪れる。アブサン色をしたモルダバイトの指輪は、ジャズエイジを気取ったフリンジ付きのローウエスト・ドレスに似合う。薄荷の風が吹きわたると、遠くから胡椒を効かせた異国の音楽が聞こえてくるような気がして。振り返ると辺りは既に暗くなっているが、網膜に焼き付いた色は透明なガラス細工の葉から滴る影の中にいつまでも残る。湿度と硬度のせめぎ合いはどちらに決着がついたのか。夜の密度が更に増す前に走り抜けなければ。
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ヴァージニア・ウルフ散文《青色と緑色》より
「BLUE|青色」を題材に調合したポプリ
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|ポプリ|
真正ラべンダー/矢車菊/フランキンセンス/サンダルウッド/クローブ/ベチベル草/オリスルートほか
天然原料(ドライハーブ、ドライスパイス、精油)のみ使用
BLUE|Du Vert au Violet
大聖堂に捧げるフランキンセンスとサンダルウッドの調和が「聖母たちの薄布」を揺らし、真正ラベンダーが「メタリックな青色」をいっそうひんやりと、ベチベル草が「錆びついた鉄」の鈍さを響かせます。クローブはウッディの合間を通奏低音のように揺蕩って。ウッディ調の中に仄かなスパイスの刺激と少しの湿度を感じる香りです。
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BLUE|維月 楓
水に浸した重々しいラベンダーは鼻腔を吹き抜け、優雅の代名詞であるクイーンの迷いなき導きに逆らう間もなく、荒々しい海へと潜る。従者である野生的なベチベルは手招きし、その根を伝って最下の階段へと波は注がれる。宝石の海面に浮かぶ青色と黄色の花々は満ち引きに従って色調を混濁させ、海水は草原に、海底は地上へ。生まれ出た緑色は猛々しいサンダルウッド――その陰に隠れて、海調が耳朶に静かに柔らかに打ち付ける。
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BLUE|ヨネヤマヤヤコ
苔むした石造りの礼拝堂での儀式の香跡。祈りの刻。遠い汽笛に耳をそばだてるような思索のとき。あるいはみずからの心との対話の時。物語に耽溺するようにパーソナルな時間をより深く遠くへと案内してくれる香り。揺れる小船のような不安な気持ちはラベンダーで鎮静されサンダルウッドとフランキンセンスがふっくらとやわらかく包み込んでくれる。湖沼の水面に立ちこめた霧は次第に晴れてゆきます。
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BLUE|高柳カヨ子
教会の天井を覆い尽くす蒼穹よりも深い色。今にも天に落ちていきそうで思わず座り込む。マドンナリリーを思わせる裾広がりの晴れ着が、たっぷりのリネンの重さで周囲に円を描いた。床は思いの外冷たくなかったが、首から下げたロザリオに嵌められた小さなアウイナイトを握りしめて、すぐに立ち上がる。オルガンの旋律は四方に反射して音の定位ができない。豊かな倍音に包まれていると、次第に白檀に導かれた乳香が暖かく染み渡ってくる。大丈夫だ、まだ先に行ける。
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香りと対話したムエット・エッセイ、お楽しみ頂けましたでしょうか。
香りから広がる情景は時に記憶と結びついたり、あるいは見知らぬ場所へも私たちを連れて行ってくれます。モーヴ街に住む才気あふれる四名のエッセイは一篇の詩、映画の一場面のように、花々の世界へと誘ってくれます。
ひとつの香りから馥郁と広がる豊かな情景——香り選びのご参考にして頂けましたら幸いです。皆様もぜひポプリを楽しみながら、香りの記録を綴ってみて下さいね。
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↓モーヴ街MAPへ飛べます↓
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