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44 なんちゃって図像学 若紫の巻(3)③ 北山で若紫を覗き見
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・ 病気の回復と滞在の延期
供人が、「暮れかかって参りましたが、今日一日、例の御発作はございませんでした」「もう御病気の方はすっかり治まられたようではございませぬか」と言いますが、
尊者は、「御物の怪などの取り憑いている御様子でしたから、一晩お大事になさいまして、加持などおさせになってからお帰りになるのがよろしうございましょう」と言います。
霊験あらたかな聖の託宣に異存のある者などおりません。
源氏も宿坊での簡素な外泊など初めてなので、帰るのを明朝に延ばすのが嬉しそうです。
・ 夕もやに紛れて
いざ泊まるとなりますと、人もいなくて手持無沙汰です。(📖 人なくて、つれづれなれば)
夕暮れ時の山のもやが立ち込めてきたのに紛れて、つづら折下の優雅な小柴垣の家の探索に出掛けました。
惟光以外は帰して、二人だけでひっそりと覗きに行きます。
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人びとは帰したまひて 惟光朝臣と 覗きたまへば
・ 小柴垣の家を覗く
小柴垣から覗いてみると、すぐの西面に持仏を置いてお勤めしている尼君が見えました。
御簾を少し上げて花をお供えしている様子です。
中の柱に寄りかかって、脇息に御経を置いて苦しげに読んでいる尼君は、どこか水際立って非凡な女人と見えます。
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四十過ぎた辺りか、とても色白の品のよい人で、瘦せていても頬などはふくよかです。
美しい目元に、尼そぎに切り揃えた髪先も魅力的で、長いままよりも目新しく魅力的だと源氏は思います。
きれいな年嵩の女房が二人いる他に、女の子たちが遊んでいて、部屋に出たり入ったりしています。
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・ 若紫を見る
その中で、白の上に山吹色の着慣らした表着で走ってきた十歳ばかりの子は、他の子供たちとは明らかに違って、どんな美人になるかと思われる、目を奪われるような美少女でした。
扇を広げたようにたっぷりとした髪を揺らしたまま尼君の前に立ち止まります。
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いみじく生ひさき見えて うつくしげなる容貌なり
髪は 扇を広げたるやうにゆらゆらとして 顔はいと赤くすりなして立てり
今泣いてきたばかりらしく、こすった頬の辺りが赤くなっています。
「どうしたの?」「けんかでもしたの?」と言って見上げる尼君に顔が似ているので、源氏は「この人の子なのだろう」と思います。
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「雀の子を犬君(いぬき)が逃がしてしまったの」「伏籠をかぶせておいたのに」と言って女の子はとても気落ちした様子です。
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『若紫を覗く』の場の 目印 の 札 を並べてみた ▼
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側にいた女房が、「犬君のお行儀の悪いのにも困ったものです」「雀はどこかへ飛んで行ってしまいましたわ」「少しずつ慣れて可愛くなってきましたのに」「烏にでも見つかったら大変ですわ」と言って立っていきます。
髪の豊かな、感じのいい女です。
少納言の乳母と他の者が呼ぶので、この美少女の世話係なのでしょう。
・ 幼げな少女
尼君が、「まあ、なんて、いつまでも聞き分けのない赤ちゃんなんでしょう」「私がもう今日明日かの命かという時に、考えもなく雀を閉じ込めるなんて」「仏様に背くことですよといつも言っているのに」「情けないこと」など言いながら、「ここにお座りなさいな」と言うと、美しい子はすぐにそこに膝をつきました。
とても可愛らしい顔をして、まだ子供のほんのりした眉毛のままで、子供らしく掻き上げた前髪から覗く額の形も、髪の生え際も豊かな髪も、全てがとても美しくて、「育っていくのが楽しみな子だな」と、目が惹き付けられます。
そうして、突然、愛慕する藤壺宮の面差しとよく似ているから、こう目が離せないのだと気が付いて涙がこぼれました。
尼君は少女の髪を撫でながら、「あなたはとかすのを嫌がるけれど本当に綺麗な髪ね」
「でもね、あなたがいつまでもこうして赤ちゃんのままだとお祖母様は心配でたまらないの」「あなたのお歳ならもっとずっと大人っぽい方もいるのよ」「あなたのお母様が10歳の時にお祖父様は亡くなられたのだけれど、お母様はその頃にはもういろいろなことをわかっていらしたのよ」
「あなたがこんな風に赤ちゃんのままでは、私が死んでしまったらあなたはどうなってしまうのでしょう」
尼君は、孫を掻き抱いたまま泣き出してしまいます。
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自らも母君も祖母君も亡くしている源氏ですから、たまらなく悲しくなってきました。
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少女の幼い心にも祖母の嘆きからは何か伝わるものがあったようで、尼君をじっと見つめてから伏し目がちにうつむきます。
下を向いたのでこぼれかかる髪がつやつやと素晴らしく美しく見えます。
「あなたの行く末がわからないままでは、私は死ぬに死ねないのですよ (📖 生ひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむ そらなき)」
側にいた女房も「本当に」と涙ぐんで、
「姫君の行く末もご覧にならないで、消えるなんておっしゃらないでくださいませ (📖 初草の 生ひ行く末も知らぬまに いかでか 露の 消えむとすらむ)」と答えます。
・ 僧都の話
そこに、向こうの座敷から、この家の主が入って来ました。
この僧都は、若紫の祖母尼君の兄に当たります。
「こちらでは人目につきましょう」「今日に限って端近におられるなんて」「上の御寺の聖の所に、源氏中将が瘧病のまじないにいらしていると、今聞きました」「厳重なお忍びだったので知らなくて御挨拶にも伺えませんでしたよ」と言います。
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尼君の「まあ大変」「見苦しい所を誰かに見られなかったかしら」という声が聞こえて、御簾は下ろされてしまいました。
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「世間に大評判の光源氏様を、この際だから拝見しませんか」「世を捨てた法師でも憂いを忘れ寿命が延びるような御様子の方ですよ」
「さあすぐに御消息申し上げねば」
と言って僧都が出ていく気配が聞こえます。
源氏もその場を去って、寺に戻りました。
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📌 人なくて
家司の若い息子たちと一日喋っていた筈なのに『人がいない』という言い方について、
『人なくて』と『日もいと長きに』と、二種類の原本があるそうです。
『人なくて』なら、
ⅰ)散々相手してもらった供人の雑談では物足りず、感興を共にできる教養人がいなくてつまらない。泊まるつもりもなく取り急ぎ来たので娯楽の用意もない。僧は勤行に忙しくて相手してくれない。
ⅱ)じゃれかかると優雅にちやほやしてくれる女っ気がない。
『日もいと長きに』なら、
ⅲ)平安人は日が長いと所在なくて困る。
… 旧暦の三月晦日過ぎを、2023年5月25日としてみると、京都の日の入りは19時01分だそうですから、確かに、することもなく夕方がこれだけ長くては所在ないかもしれません。
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📌 まとめ
・ 若紫を覗く
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711216758747718092?s=20
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711216970627178899?s=20
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711217111832609196?s=20
眞斗通つぐ美