若紫の姫君の成長と葵上との不仲 なるべく挿絵付き『花宴』④101
・ 若紫の成長
葵上に御無沙汰してしまっていることを済まなく思いながら、
二条院の姫君のことが気にかかります。
まずは幼い姫を慰めてからと思って、二条院の方に帰りました。
姫君は、この僅かの間にも、見るからにいかにも可愛らしく成長していました。
女らしい魅力も出て来て、気品のある風情も人と違っています。
何の足りないところもなく、小さい時に見つけた人を自分の好ましいように教育していって完璧な女を作りたい、そしてその人とのんびり暮らしていきたい、というような願いにぴったりと適っていて嬉しくなります。
男が教えているので、人馴れして恥じらいの足りない人にならないかということだけが気になりました。
この数日間の話をしたり、琴を教えたりして、日が暮れると出て行きます。
姫君はいつものようにとてもがっかりして寂しく思いますが、今はすっかり慣らされてしまって、むやみにまとわり付いたりもしなくなっています。
・ 左大臣邸で
葵上は、いつもの通り、夫の来訪にも知らぬふりで、自室に籠ったままでいます。
源氏は、所在なくあれこれ思いめぐらして、筝の琴を何となく弄んでいます。
「やはらかに寝る夜はなくて」と口ずさみます。
左大臣がやって来て、桜花の宴の興趣深かったことなどを言います。
「この齢になるまで四代の天子様にお仕えして参りましたが、
(📖 ここらの齢にて 明王の御代 四代をなむ見はべりぬれど)
あの宴のように、詩文が際立って優れて、舞も演奏も歌も素晴らしく調和して、寿命の延びる気のすることはございませんでした」
「それぞれの道に名人の多いこの頃の時節でございますが、そのどの道にもお詳しいあなたの御指揮だったからこそのあの素晴らしい宴だったのでございましょう」
「この老人もうっかり舞って出たくなるほどでございましたよ
(📖 翁も ほとほと 舞ひ出でぬべき心地なむ しはべりし)」
源氏は、「特別な準備をしたわけでもありません」「公にもへつらうこともなく、ただその道を極めているような専門家をあちこちに探し求めて参りました」
「桜花の宴での頭中将の柳花苑は後世に伝わるほどにもお見事でした」
「まして、舅殿が『さかゆく春 春鶯囀 和風長寿楽』を舞っておられたら、どれだけ当代の誉れとなったことだったでしょう」
と答えます。
蔵人弁や頭中将なども参って、高欄によりかかりながら、いろいろな楽器を演奏しました。
大変素晴らしい奏楽の時となりました。
📌 催馬楽『貫河の』
また、DTMというのかDAWというのか、そういうボカロで再現してくださっている催馬楽です。
歌詞の男女分けの定説がないそうなのですが、こちらの音源に合わせます。
📖
男:貫河の瀬々の やはら手枕 やはらかに 寝る夜はなくて 親離くる夫 男:親離くる夫(女)は ましてるはし
女:しかさらば 矢矧の市に 沓買ひにかむ
男:沓買はば 線鞋の 細敷を買へ
男女:さし履きて 表裳とり着て 宮路かよはむ
※線鞋(せんがい) …女物の布靴。正倉院の御物に美しい刺繡の施された繍線鞋(ぬいのせんがい)というものがあるそうです。
※細敷(ほそしき) …幅の狭い沓
(男:逢瀬の度ごとに、お前の手枕は柔らかいが、
穏やかに眠れる夜はない。お前の親が許さぬ仲だから。
男:親が許さないから尚更愛おしい。
女:それなら矢矧の市に沓を買いに行きましょう。
男:沓を買うなら、華奢な布沓を買おう
男女:それを履いて正装して都の大路を行こう)
📌 ここらの齢にて 明王の御代 四代をなむ見はべりぬれど
この辺りの左大臣は、宇多、醍醐、朱雀、村上の四代の帝に仕えた藤原忠平のイメージと少し重なる気もします。
宇多天皇の皇女との間に実頼がいて、実頼と同腹ではありませんが、重明親王の北の方という娘もいます(子は青常君や斎宮女御)。
📌 翁も ほとほと 舞ひ出でぬべき心地なむ しはべりし
📌 さかゆく春
百十三歳で、
大極殿で『春鶯囀』を少年の如くに舞い、清涼殿でもまた舞ったという尾張浜主の例が、左大臣と源氏の間で共有されているようです。
📖 翁とて わびやは居らむ 草も木も 栄ゆる時に 出でて舞ひてむ
(続日本後紀)
『春鶯囀(長寿楽)』
眞斗通つぐ美
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