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賢木㉑韻塞ぎ、文王の子,武王の弟、薔薇、紅梅
🌷冷や飯 ⛈️⛈️⛈️⛈️⛈️⛈️⛈️
🌷源氏方の徹底的な冷遇、閑居 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
正月も11日ともなると除目のことがあるのだが、
三条宮にお仕えする者達には、あるべき当然の昇進もない。
年功からしても中宮のお持ちの御推薦枠からしても必ず加階があるべき人達にも沙汰がなく、嘆く者が三条宮の内には大層多い。
千五百戸の納税分を受け取られる中宮としての御封(みふ)が早々と停められた。
御出家によって中宮の御位は去られたが、それにしても、それを口実として変わることの多さ早さは異例であった。
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🌷憂いながらも勤行に励む中宮 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
全てをお捨てになっての御出家ではあるが、お仕えする者たちの不遇を嘆くのを御覧になると、お気持ちがお揺れにならないではない。
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しかし、「我が身は捨てようとも春宮の御即位だけ無事にお遂げになられるなら」とばかりお思いになって、弛みなくお勤めあそばす。
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御行なひたゆみなくつとめさせたまふ ≫
人知れず御心にお抱えになる呵責がおありではあるので、
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「我にその罪を軽めて 宥したまへ」と 仏を念じきこえたまふに よろづを慰めたまふ ≫
「現世の栄華を全て捨て仏道に帰依する我が身に免じられまして、春宮の負われる罪障を少しでもお許しくださいませ」とお祈りになることで御心をお慰めになる。
源氏もその御心を拝察してご尤もであると思う。
🌷源氏も左大臣家も 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
源氏に近い人達も、三条宮の人達と同様の不遇であるので、世の中がますます面白くなく、源氏は引き籠っている。
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左大臣も世の変わりように心が晴れず、辞表を奉るが、
朱雀帝は、父 桐壺院が「左大臣を先々も国家の柱石として恃むように」と御遺言あそばされたことをお思いになると、やはり捨てがたい重臣とお考えになる。
とても受理などできないと度々返されるのだが、
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繰り返し繰り返し願い出て、左大臣も出仕しないこととなった。
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今では右大臣家の一族だけが果てしなく栄えている。
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国家の重鎮であった左大臣が政界を退かれたので、帝もお心細く思され、
世の心ある人たちも嘆いている。
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🌷頭中将も 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
左大臣家の子息たちは皆人柄もよく出世も順調に世を過ごしていたが、その勢いも突然に止まってしまった。
あれほど勢いのあった三位中将(頭中将)も例に洩れない。
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頭中将は左大臣家の嫡男であり右大臣家の婿になっているが、
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心解けたる御婿のうちにも 入れたまはず ≫
通いは間遠だし丁重な愛情を見せるでもないので、
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心解けたる御婿のうちにも 入れたまはず ≫
右大臣家では、心許した婿と数えているわけでもない。
婿としての礼を尽くすでもない頭中将に、右大臣家として一矢報いるつもりなのか、
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頭中将もやはり今度の除目には洩れたが、大して気にも留めていない。
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🌷韻塞ぎ 🎵🎶🎵🎶🎵🎶🎵
🌷気晴らしに韻塞ぎ 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
源氏君さえ逼塞しているような頼りない不条理な世であるのだからまあこんなものか、と思い直して、頭中将は始終源氏の所に顔を出す。
学問も音曲も共にしては、競争心で熱くなっていた昔を思い出して、今も互いに、ちょっとしたことでも相手を出し抜こうと熱中している。
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いにしへも もの狂ほしきまで 挑みきこえたまひしを思し出でて
かたみに今も はかなきことにつけつつ さすがに挑みたまへり ≫
🌷気晴らしの様々の催し事 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
春秋の大般若の転読の会だけでなく、
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臨時に様々な尊い法会を開き、
官職にあぶれている有閑の博士などを集めて、漢詩の詩作(文作り)や韻字を隠して当てる韻塞ぎ(いんふたぎ)の会などで気晴らしをしている。
参内も滅多にしなくなっているふたりであるし、公職を投げ打って遊び惚けていると騒ぎ立てる人たちも出て来そうである。
🌷韻塞ぎの会 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
夏の雨が静かに降って何か退屈なような時に、頭中将が、然るべき漢詩集などを沢山持たせて遊びに来た。
源氏も書庫を開けさせて、開けたことのないような厨子から由緒ある希書を少し選んで、あまり目立たぬように気を付けて専門家も大勢呼んだ。
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中将 さるべき集ども あまた持たせて参りたまへり
殿にも 文殿開けさせたまひて まだ開かぬ御厨子どもの めづらしき古集のゆゑなからぬ
すこし選り出でさせたまひて その道の人びと わざとはあらねど あまた召したり
殿上人も大学のも いと多う集ひて 左右にこまどりに 方分かせたまへり ≫
殿上人から大学寮の者まで大勢詰め掛けた人たちを、端から交互にこまどりに左右に分けて競わせることとなった。
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勝った方には、又とないような豪華な褒賞が示され、勝負に熱が入った。
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韻塞ぎの勝負が進んでいくにつれ、難しい韻字が次々に出て来て、自負のある博士たちさえも窮してしまう。
そんな所々に源氏が助言する才ときたら、とてつもない。
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いとこよなき御才のほどなり ≫
皆改めて源氏の博識英明に感嘆して、
「どうしてこうなんでもおできになるのだろう」「やはり前世からの特別の因縁がおありだから、こんなに何事も優れておいでなのだろう」と褒めそやす。
結局、三位中将(頭中将)の右方が負けた。
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🌷負けわざ(負けぶるまい) 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
二日ほどして、頭中将が負けわざ(負けぶるまい)をする。
大袈裟にはせず、洒落た桧破籠(ひわりご 檜の松花堂的な?)の弁当や賞品などを様々に用意して、この日もいつもの文学的な顔触れを集めて、詩作をさせる。
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今日も例の人びと 多く召して 文など作らせたまふ ≫
階の下に薔薇(そうび)が少しばかり咲いている。春や秋の花の盛りの頃よりもしんみりと風情がある中、くつろいで管絃の遊びなどもする。
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うちとけ遊びたまふ ≫
頭中将の次男が今年初めて童殿上に出たのだが、八つ九つほどで、美声で笙も上手いのを可愛がって大事にしている。
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笙の笛吹きなどするを うつくしび もてあそびたまふ ≫
右大臣家の四姫の次男君である。
後に紅梅と呼ばれ、若い日の源氏の寵愛を懐かしむことになる。
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出自から世間に注目されている子で、利発できれいな子である。
管絃にも酔いが混じる頃になると、声を張り上げて催馬楽の『高砂』を謡うのが大層可愛いかった。
源氏は褒美の被け物(かずけもの)として、上衣を脱いで与える。
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いつもより打ち解けた風の源氏の顔は匂い立つように美しく似るものもない。
上衣を脱ぎ与えた後の薄物から透けて見える肌も絹を通して更に艶やかに輝いて見えるので、
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指 伊東深水 ≫
年老いた博士たちなどは、遠く見上げて眼福に涙を流している。
🌷薔薇に比べる源氏の美しさ 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
『逢はましものを 小百合花の』という高砂の催馬楽の謡い終わりのところで、頭中将は源氏に酒を勧める。
🍷⬅️👨🏻🦱それもがと 今朝開けたる初花に 劣らぬ君が匂ひをぞ見る
今朝開いた待ち望んだ薔薇の花に劣らぬ 我が君の美貌 です。
源氏は苦笑して、
🍷➡️🧑🏻🦱時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に しをれにけらし 匂ふほどなく 衰へにたるものを
花の季節でもないのに今朝開いた薔薇などは、咲くまでもなく夏の雨に萎れてしまっています。私もどうも冴えないものですよ。
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と うちさうどきて らうがはしく聞こし召しなすを 咎め出でつつ しひきこえたまふ ≫
そんなことを言ってふざけながら酔いの戯言のように聞き流そうとするのを、頭中将は許さず杯を強いる。
こんな席では読まれる詩歌も多いが、それを書き留めるなど心無いことだと紀貫之も諫めているようだし書かないが、
一座の者は皆、源氏を賞賛する歌や漢詩を作り続けた。
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🌷文王の子、武王の弟 🤪🤪🤪🤪🤪
🌷文王の子、武王の弟 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
散々褒められて源氏もすっかりいい気持ちになって、「文王の子、武王の弟」と、周公旦について記す『史記』の一節を口ずさむ。実に立派なものである。
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武王亡き後、幼少の成王の摂政として国を治め、
七年後に成王が成人すると、政権を返し臣下の位置に戻った ≫
しかし、このまま暗誦が進めば、自分は成王の何だと言うつもりなのか。周公旦ならば成王の叔父であるが…。
(春宮を後見する我が身を、成王を後見した周公旦になぞらえたのだろうが。春宮は甥ではなく自らの不義の子であるから、このことばかりははっきりと明言できることでもなかろう)
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🌷華やかなメンバー 🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
兵部卿宮も管弦の嗜みも優れた方で、
頭中将ともども、この閑居の気晴らしの華やかな御常連でいらっしゃる。
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資料 ⤵️
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眞斗通つぐ美