源氏物語 夕顔の巻 概略10(なにがしの院に着く 山の端の心も知らで行く月は)
・ 怯える夕顔
女は山の端に彷徨う満月に魂がさらわれていくような気がして怖ろしがっています。
あれこれなだめているうちに月は隠れて、俄かに空は素晴らしく美しく明けていきます。
人目につかぬ内にと急ぎ出て、源氏は女を軽々と抱き上げて車に乗せます。
右近が付いて乗ります。
・ なにがしの院に着く
五条の近くのなにがしの院に着いて、管理人を待つ間、忍ぶ草の茂る荒れた門を見上げると例えようもなく暗く木が繁っています。
霧も深く、車の簾を上げているので袖も露にひどく濡れました。
「夜も明けぬこんな暗い中、女を連れ出しての旅寝など私には初めてのことだ」「ここまであなたが離せなくなってしまうとはね」
「以前の人もこうして東雲の道を恋に惑ったのだろうか(📖 いにしへも かくやは人の惑ひけむ 我がまだ知らぬ しののめの道)」
「あなたは前にもこんな風に男にさらわれたことがあるの?」と訊くと、
女は恥じらう人のように視線を逸らして
「山の端の心も知らずに行く月のように、寄る辺ない頼りない私の命はこの空に消えてしまいそう」「こわくてたまらないの」
(📖 山の端の 心も知らで 行く月は うはの空にて 影や絶えなむ
心細く)
と怯えた様子で呟きます。
源氏は、「あんなに立て込んだところで暮らしていれば人気のない広い屋敷は怖いのかもしれない」と、面白く思います。
女の全てが新鮮で、幼さまでも無垢な人と見えて可愛くてたまらないのです。
・ 右近は男の正体を知る
居間の用意をさせている間、轅を高欄に掛けさせて車の中で待っています。
右近は物語のような華やかな展開にときめいています。
頭中将が通ってきていた頃のことを思い出しています。
邸の管理の者が恭しく慌ただしく準備に奔走している様を見て、右近は男の正体に気付きます。
六条のこの広大な院の主、、、即ち、尊貴富裕のあの御方である!と。
📌 山の端の心も知らで行く月は うはの空にて 影や絶えなむ
「何をされるのかもわからないまま、あなたの心もわからないまま、知らないところにさらわれるのはとても怖いわ」
男に通われる女から 男に囲われる女に 立場が変わろうとしています。
十全な保護を受けられることと囲われ者として自由度を失うこととは表裏一体のことなのでしょうから、立場環境の激変する先の見えない未来への不安は当然なのでしょうが。
実は、『📖 うはの空にて 影や絶えなむ』とは、さらわれた見知らぬ出先で命を落としてしまうという運命の予感、予言そのものになっています。
それで、『📖 心細くとて もの恐ろしう すごげに思ひたれば』と続くわけですが、夕顔が可愛くてたまらない源氏は、その不安を本気に取らず、ただただますます可愛く思うばかりです。
山の端の心を相手の男の心とすると、
男の心がわからないまま連れて行かれるのでは心細くて死んでしまいそうと夕顔が言うのは、頭中将とは親密にわかり合っていた、と言っていることでもあるでしょうか。
Cf.『夕顔の巻』なにがしの院、怯える夕顔
眞斗通つぐ美