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六条御息所の苦悩 なるべく図解付き『葵』⑥108
💜 御息所の懊悩
年来続いていた六条御息所の懊悩はますます深くなっています。
源氏という人の薄情さに愛想が尽きた思いで、
諦めて斎宮に随いて伊勢に下ってしまおうかとも思うのですが、「とても心細い」「世間の物笑いにもなることだろう」と迷われます。
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かと言って、京に留まろうにも、「御禊の日に下々の者にまで無視され侮辱されたこの京に、この無念の心を如何ともし難いままに留まるのは苦しい」
「 釣する海人の浮けなれや」「漁師の垂らしている浮きのように定まらない心である」
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と起き伏し思い悩み、魂が抜け出るように気もそぞろで、とうとう体調を崩してしまいます。
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斎宮に同行して伊勢に下ることを話しても、源氏は煮え切らず、絶対に行かないでほしいという態度でもありませんでした。
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その上、「つまらない男ですから、見るのも嫌におなりになるのも御尤もです」「でも、こんな男でも見棄てずにいてくださることが、前世から結ばれた因縁を全うすることではございませんか」などと、こちらの薄情さにすり替えてなじるのです。
こんな情の薄さを感じ取っては、心がますます漁師の浮きの如くに定まらなくなって、
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その憂さ晴らしに出掛けた筈でしたのに、
御禊の日の残酷な車争いの事件は、御息所を更に苦しめ、何もかも更に辛くさせてしまったのです。
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御禊川の瀬の荒さよ。
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💚 葵上の容態の悪化
左大臣邸では、物の怪でも憑いたように葵上の容態が悪化して、皆が嘆いています。
源氏もそんな中では夜歩きがしにくくなっていて、二条院にも時々帰るだけになっています。
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薄情なようでも源氏は、正妻として特に敬意を抱いている方の懐妊の上での不調なので、心配して、修法や何やを左大臣邸の自室の方でさせています。
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物の怪、生霊などというものが沢山出て来て、様々に名乗る中に、
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憑坐(よりまし)にも移らず、ただ葵上にぴったりと憑いて、ひどく苦しめるのでもないが、片時も離れない頑固な物の怪がひとつあります。
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ことにおどろおどろしうわづらはしきこゆることもなけれど また片時離るる折もなきもの一つあり
すぐれた修験者達にも従わず執念深くい続けるのは並のものではないと見えます。
左大臣も大宮も、源氏の通い先のこの人の恨みかあの人の嘆きかと考えあぐねます。
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おしなべてのさまには 思したらざめれば 怨みの心も 深からめと ささめきて
「六条御息所や二条院にいるという女は、婿殿が格別に思っているようなので、恨みの心も深いだろう」と囁き合って、陰陽師などに占わせますが、
満足な答えは得られません。
物の怪と言っても、特別に深い仇と思える人もなく、
もう亡くなった乳母のような人、代々親に憑いている者などが弱っているところに付け込んでいたのがばらばらと出て来ますが、
この病悩の主な根源ではなさそうです。
葵上はそんな中でたださめざめと声を出して泣き、時に涙にむせ返りながら、
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ひどく堪え難い様子で乱れ狂うので、皆は息を詰めて、どうなってしまうのかと、不吉にも悲しくも思いながら狼狽えるばかりです。
桐壺の院からもひっきりなしに御見舞があり、祈祷の手配にまで御心遣いくださいます。
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そこまでの御高配を賜る姫君とは、ますます惜しい御身の上です。
世間を挙げて皆が葵上を案じている有様を聞くにつけて、御息所の心はただならず乱れます。
年来、正夫人たる葵上にも、こんな敵愾心などは持っていませんでした。
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左大臣家では、ほんの些事と思い捨てていた車争いが、御息所の心に大きな恨みを作ってしまったことを、想像もしていません。
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💜 御息所の病臥
こんな風に思い乱れているので、御息所の加減も今までになく悪くなりました。
斎宮はまだ宮中の初斎院にお移りでなく、六条の邸で御潔斎遊ばしますから、
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御息所は、自らの病悩の快癒の修法などの仏事の為に、神域を憚って、よそに移ります。
源氏はそれを聞いて、どんな御加減かとおいたわしく思って尋ねました。
人の家での仮住まいですから、いつもと違って非常に気を遣って人目を忍んでの逢瀬です。
心ならずも無沙汰となってしまった詫びを縷々語り続け、言い訳として、妻の病状について心配げに話すのです。
「私はそれほど心配しているわけではないのですが、親達がひどく大袈裟に案じているのが気の毒で、この容態を乗り切るまではと謹慎しているのです」
「そんなわけですから、あなたに寛大に見ていただけると本当にありがたいのです」
など、こまごまと話します。
御息所がいつもよりも辛そうに見えます。
あんなことがあったことでもあり、尤もなことだと源氏は気の毒に思います。
御息所の頑なな心の解けぬうちに、朝がほのぼのと明けていきます。
出て行く源氏の姿のあまりの美しさを見ていると、御息所はやはり離れ難いと思い返してしまいます。
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「身分も高く尊ぶべき正夫人に御子ができたのだから、ますますそちらに心が向いて、そちらに納まってしまわれるのだろう」
「それをこんな風に待ち続けていたら気力も尽き果ててしまうことだろう」
📮 源氏との文の遣り取り
源氏の訪問に却って新しい物思いができた気がしているところに、夕方に文だけがありました。
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📨「妻の容態が、このところ少しよくなっていたのが急に苦しみ始めましたので、置いて出ることができません」
とあります。
御息所は「いつもの言い訳」と思います。
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📨「🌺 袖濡るる恋路 と知りながら、農夫が泥にまみれるように自ら恋路にまみれ捉われている悲しさよ」
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「🌺 山の井の水の歌の通りに」
と返します。
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源氏は、御息所の返し文を見て、「見事な筆跡で、大勢の女性の中でもやはり抜きんでている」と思います。
「どうしてこうも思いに任せぬ世であることか」「心も容貌もとりどりの長所があってどの人も棄てることができない」「一人の妻に定めることができない」と呻吟します。
源氏からの返信は、すっかり暗くなってから、
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📨「袖だけ濡れるとはどういうことでしょうか」「そちらの御心が深くないからでしょう」「浅い所にお立ちだからです」「私は深い恋路に全身濡れそぼっています」
「この気持ちを理由もなく文で済ませましょうか」「妻の容態がひどく悪いのです」「どうぞ御理解ください」
などと書いてあります。
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📌 釣する海人の浮けなれや
🌺 伊勢の海に 釣する海人の浮けなれや 心一つを 定めかねつる(古今集)
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📌 袖濡るる 恋路
🌺 袖濡るる 恋路とかつは 知りながら おりたつ田子の みづからぞ憂き
悲しい恋と知りながら、農夫が泥にまみれるように自ら恋路にまみれ捉われている悲しさよ
※こひじ …恋路 泥
※みづから …水 ※濡るる ←水 ※田子 ←泥
📌 山の井の水
🌺 悔しくぞ 汲みそめてける 浅ければ 袖のみ濡るる 山の井の水(古今集)
くやしくも浅い泉とわからなかった。汲んで初めて、山の井の水、あなたの心の浅さを知った。底が浅いので、身を沈めることはできず、袖だけが濡れるばかり、涙が出るばかり。
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📌 浅い所にお立ちだから
🌺 浅みにや 人はおりたつ わが方は 身もそぼつまで 深き恋路を
御息所の真率な嘆きに対して、源氏は、言葉遊びだけを返します。
眞斗通つぐ美