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藤花の宴 朧月夜との再会 なんちゃって図像学『花宴』(5)⑤102


・ 朧月夜のもの思い

源氏が有明に別れたあの 朧月夜の姫君 は、儚かった夢のような一夜が忘れられず、悩ましく物思いしています。
四月には春宮の後宮に入ることが決まっていましたから、余計にひどく心が乱れます。

右大臣家の婚姻政策

源氏は、有明の女 が右大臣家の人であるという見当まではついているのですが、どの姫君かはわからないでいます。
日頃自分に対して何かと敵対的な右大臣家の姫君と関係するのは人聞きが悪いだろうという煩悶もあります。
(📌 左 大臣家の嫡男 頭中将 右 大臣家の四の君 との婚姻で、リスク分散をしています)


・ 三月二十日過ぎ 右大臣家で 賭弓 と 藤花の宴

三月の二十日過ぎ、右大臣邸で賭弓(のりゆみ)が催され、親王方、上達部などが大勢集まりました。

賭弓(コトバンク)


賭弓からそのまま藤花の宴になります。
都の桜花の盛りは過ぎましたが、「ほかの散りなむ」という歌に教えられたのか、二本後れ咲きの桜が華やかに咲いています。

弘徽殿女御所生の女宮たちの御裳着の為に、新築し磨き設えた御殿です。
主が派手やかなお好みらしく、全てが今風で洒落ています。


・ 右大臣が源氏を招待

源氏一人がいるだけで場が素晴らしく華やぐので、この宴の格の為にも、先日宮中で声を掛けてあるのですが、来ていません。
源氏が欠けていては、どんなに綺羅を張ったところで、当代一流の宴とは言えないのですから、右大臣は、子息の四位少将を迎えに遣ります。

「🌺 わが宿の花し なべての色ならば 何かは さらに 君を待たまし
  (我が邸の藤の花々が凡庸ならば、どうしてあなたをお待ちいたしましょう。美しい娘達がおりますよ)」

源氏は内裏でこの文を受け取ったので、そのまま帝に申し上げます。
帝は「大した自信だね」とお笑い遊ばして、
「わざわざ迎えまで寄越したのだから、早く行っておやりなさい」
「弘徽殿の皇女達も成長しているところだから、あなたを味方に付けておきたい気持ちもあるのだろう」「あなたは兄に当たるのだし」
などと仰せになります。

源氏は退がって、装いも新たに美しく整えて、だいぶ暮れた頃に、待ちかねている右大臣邸に着きました。

桜の唐の綺の御直衣 葡萄染の下襲 裾いと長く引きて
皆人は 表の衣なるに あざれたる大君姿の なまめきたるにて
いつかれ入りたまへる御さま げに いと異なり
花の匂ひも けおされて なかなか ことざましになむ

桜襲の唐の綺の直衣に、葡萄染の下襲の裾をとても長く引いて現れます。
皇系の方にのみ許されている打ち解けた直衣姿で、正装の束帯の皆に恭しく丁重に迎え入れられる様子は、全く格別です。
源氏の輝かしさに圧倒されて、花の美しさも色褪せて見えるのでした。

その後の管絃の遊びも大変興趣深いものでした。

・ 寝殿に侵入

夜が少し更けた頃に、源氏は、悪酔いしたようなふりをして、目立たぬように宴席を立ちます。

寝殿には女一宮と女三宮がおわします。

寝殿に 女一宮 女三宮 の おはします

源氏は、酔った態でふらふらと寝殿まで歩いて、東の妻戸に寄りかかります。
藤は寝殿のこの東面に接するほどに盛んに咲いているので、格子を上げて人が並び出ています。

藤は こなたの妻にあたりてあれば 御格子ども上げわたして 人びと出でゐたり
袖口など 踏歌の折おぼえて ことさらめき もて出でたるを ふさはしからず
(出だし衣)

踏歌の時のように華やかな袖口を御簾の下に並べて見せている出だし衣が大仰でわざとらしくて、
藤壺辺りの慎み深い洗練をつい思い出さずにいられない源氏です。

「苦しいのに酒を無理強いされて困りました」
「宮様の御前でもったいのうございますが、どうぞ 藤の蔭に隠してくださいませ
など言って、妻戸の御簾を引き被って、半身を中にこじ入れます。
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≪立派な源氏物語図 藤花宴で御簾内に侵入する源氏≫

🌷🌷🌷『御簾内に侵入する源氏』の場の目印の札を並べてみた ▼

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「お戯れを」「賤しき人が貴人の縁を尋ねることがあるとは伺っておりますが」「あなた様は…」
など言う人の様子には、重々しくはないが、並の女房などではない高貴さや優美さが感じられます。

空薫物が煙いほどに焚かれて、衣擦れの音も大変華やかに聞えて、心憎い奥ゆかしさなどよりも、今風の派手やかさを好む様子に整えられています。
弘徽殿女御の女宮や妹君達の御見物の為にこちらの戸口は占有されているようです。

不躾とは思いながら、源氏は、逸る心を抑えきれなくなります。
『この中のどなたかが有明の女なのだろう』と思うと、胸が轟きます。

「📖 扇を取られて からきめを見る
とわざとのんびりした声音で口ずさみながら、御簾に身を寄せます。

「帯でなく扇を取るとは、妙な高麗人ですこと」と答える人がいますが、それは事情を知らない人なのでしょう。

源氏は、会話に加わらずにただ時々溜息をついている人の気配に気付いて、そちらに寄って行って、几帳越しに手を捉えます。

いらへはせで ただ時々 うち嘆くけはひする方に 寄りかかりて 几帳越しに手をとらへて

📖 梓弓 いるさの山惑ふかな ほの見し月の影や 見ゆると
  月の入る山の背に惑っています。朧げな月影が見えるかもしれないと思って。朧げに逢ったあなたに逢えるかもしれないと思って。
なぜこんなに…。
と、その人だという確証もないまま当てずっぽうに言ってみます。

📖 心いる方ならませば 弓張の月なき空に 迷はましやは
  真心のある方でいらしたら、月のない空であろうとお迷いになるでしょうか、
と返す声も、
草の原まで尋ねてはくださらないでしょうと言葉尻を捉えて見せたのと同じ柔らかな拒絶も、
まさに有明の女のものでした。

源氏は、やはり姫君がとても魅力的であることにも、姫君の身分を知れたことにも、有頂天になります。
同時に、右大臣家の深窓に守られて、既に春宮への入内のきまっている人とのこれからの逢瀬の困難さが思われて、暗澹とするのでした。

📌 かの有明の君

朧月夜の姫君のことを、かの有明の君 と呼んでいます。

📌 三月の二十日

旧暦3月20日は、2023年のカレンダーでは、5月9日に当たるようです。

🌺 ほかの散りなむ

📖 見る人もなき山里の 桜花 ほかの散りなむ 後ぞ咲かまし(古今集、春上、六八、伊勢)
  見る人もいない山里の桜でも、他の花が散った後に咲けば 山奥にでも見に来る人がいるだろう)

右大臣邸の後れ咲きの桜を、この歌に習ったのだろうと言っています。

🌺 わが宿の 花しなべての色ならば 何かは さらに君を 待たまし

右大臣家の姫たちのうち、弘徽殿女御は一君か二君かわかりません。
その下の、三君の夫は源氏の異母弟の帥の宮、四君の夫は頭中将、六君は春宮妃に入内することが決まっている朧月夜。
となると、五君の行末が決まっていないようですので、右大臣は、五君を源氏と縁付けたいと言っているのでしょうか。
右大臣の最大の政敵である左大臣の姫が既に源氏の正妻として居るのですから、正式の縁談はなかなか難しそうに思えます。
華やかな女房を取り揃えておりますからお楽しみください的なことを言っているのでしょうか。

🌺 咲く花の 下に隠るる人は多み ありしにまさる 藤の蔭 かも

『伊勢物語』
藤原良近を正客にして、在原行平が宴を開いた。
行平は情趣を解する人で1m以上もある大きな藤の花房を甕に挿していた。
皆がその花を題に歌を詠む。
そこに弟の業平が来たので、強いて詠ませた。
藤の花蔭に寄る人(藤原氏の恩恵を求める人)が多いので 花蔭がますます広がっています
どうしてこんな歌を詠んだのかと尋ねると、業平は、太政大臣 藤原良房様の栄華を思うにつけと答えた。

皇子たる源氏が臣下に過ぎない藤氏の庇護を求めているという嫌味混じりのユーモアを言いかけたのでしょうか。

🌺 扇を取られて からきめを見る

※ 石川の 高麗人に 帯を取られて からき悔いする いかなる いかなる帯ぞ はなだの帯の 中は 絶いれなるか かやるか あやるか 中は絶いれたるか
(催馬楽『石川』)

温明殿事件の時に、源典侍のところで帯や袖を取り合った頭中将との間で
  ・なか絶えば かことや負ふと 危ふさに はなだの帯を 取りてだに 見ず
  ・君にかく引き取られぬる帯なれば かくて絶えぬるなかと かこたむ
と交わしていたのも、この『石川』の催馬楽を踏まえてのことのようです。

🌺 いるさの山に

📖 梓弓 いるさの山に 惑ふかな ほの見し月の影や 見ゆると
※ いるさの山(入佐山) …但馬国の歌枕
※ 梓弓 …射る の枕詞
※ いる …射る と 入る の掛詞。今日の競射に掛けて。

眞斗通つぐ美

📌 まとめ

・ 妻戸の御簾に侵入する源氏
https://x.com/Tokonatsu54/status/1711326137555837148?s=20



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