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源氏物語 夕顔の巻 概略9(勤行の声 結べない心)


・ 痺れるように溺れていくばかりの源氏

裏びれた場末の破れ屋の中にあって、白い袷に淡紫の柔らかな衣を重ねた慎ましやかな夕顔の姿は儚げでとても可憐です。

際立ったところなど特にないのに、手折られるのを待つ花のような頼りない感じで、何か言えばただもういじらしくて震い付きたくなるような可愛らしさです。
『もう少しよそ行きの淑女らしい顔も見せるようになればいいのに』とないものねだりなことも思うけれど、源氏の本当の心はただ、掴みどころもない柔らかさで無心に男を包んでくれるようなこの女と、もっともっとゆったりのどやかに一緒にいたいばかりなのです。

「ねえ、この近くにゆっくりできるところがあるから行こうよ」「ここは落ち着かないもの」と言うと、
「そんな急に…」とおっとりと言ったまま、女は何をするでもありません。
男慣れしているような房事のことと裏腹に、愛撫のさ中に言う他生の約束に無防備に喜ぶ様子はまるで世間を知らない箱入りの少女のようであったりします。

この世間知に遠い人の意思を尋ねて埒が明くとも思えないので、源氏は構わず、この家の右近に随身を呼ばせて車を引き入れさせました。
右近は夕顔の乳母子です。

この家の者たちは、今では、男が気紛れな漁色家ではなく真面目な恋で通ってくる人のようだと一致して、誰かはわからないままながら頼りにするようになっています。

・ 勤行の声

夜明けも近くなりました。
この辺りには鶏の声は聞こえず、金峰山詣での御嶽精進なのか、老人の礼拝の声が聞こえてきます。
いちいち立ったり座ったりする勤行が辛そうです。

・ 五十六億七千万年後の誓い

朝露ほどにも儚いこの世の何を願っての祈りなのだろうと耳を澄ますと、「南無当来導師」と、弥勒菩薩の救済を願っているようです。
「現世の利得を願うのではなくて、弥勒菩薩様の御来迎を願うお祈りだったよ」と源氏はしみじみして、
「私との深い契りを来世までも違えないでおくれ」と詠みます。
比翼の鳥、連理の枝と言いたかったのですが、長恨歌の例は不吉だと思い避けて弥勒の出現に言い換えたのです。
大仰なことです。

・ 行き違う 

女は「前世の因縁で現世がこんなに辛いのに、まして来世のことなんて」と返します。
頼りないのは女の歌を詠む才なのか、運命なのか。

Cf.『夕顔の巻』勤行の声、結べない心

眞斗通つぐ美

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