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1yottan
母の怒りという狂宴と、父の期待という狂気、これらが私の心の情緒的側面から反旗を翻したもの、それが私の躁鬱病だ。
文学的な表現?になるかもしれないが、
私の躁鬱病は、
母が私にかけた怒りという狂宴と、
父が私にかけた期待という狂気、
この二つがとてつもないエネルギーとなって私の心の中で反逆を起こしたもの、
狂宴と狂気が強迫的に現れたもの、
それが私の躁鬱病である。
私の場合は。
母が私を蹴り飛ばしてまで怒ったあの狂宴的な怒り、
父が断固として不服を顕にした不満の権化、
それらが私を呪ったものだ。
それが躁鬱病だ。
わたしはお前たちの分身だ。
そのわたしを断固として許さないお前たちは、
「私はそんな子に育てた覚えはありません」というあなたたちは、
「私はそんな自分だった覚えはありません」ということだ。
目覚めよ。
今あなたの前に現れているのは、あなたの分身だ。
それはあなたが本来欲していた光である。
排除するな、愛せ。
できないのなら、他の者に預けよ。
目覚めるのだ。