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[創作]誰もあなたを責めないわよ
「いいえ、もう、あなたのことを誰も責めないわ。あなたが誰よりも人のことを考え、あなたが誰よりもあなたを克己したから。」
「そうかい。。?」
「ええ、それにもう私たちには残されたことはないわ。もう、私たちの教え子の彼ら彼女らが、世界を創っているのよ。彼らは強いエネルギーを持ちながら、それでいて克己を知ってるわ。あなたの成果よ。」
「そうか、ではもうわしらはいつ死んでもいいな。」
「ええ、そうね。私たちには何もやることがないという幸福が満ち満ちているわ。」
夫婦はゆっくりと談笑したあと、コーヒーを淹れて飲んだ。
一つ着信が鳴った。
「もしもし、こんにちは。お元気にされていますか。私事なのですが、先日開催されたコンペティションで孫が賞をとりまして、そのお祝いに今度お花見がてら打ち上げをしよう、ということになったのですが、よろしければ〇〇ご夫妻もご一緒にどうかと思いまして、連絡した次第なのですが...。」
夫婦は、穏やかに笑った。
「どうやら世界はまだ、私たちを生かしてくれるらしいな。」
「ええ、そのようですね。今年の桜は遅咲きのようですよ。」
「そうかい。では春の陽を長い間待った、素晴らしい大器晩成の桜を、見に行こうか。」
22世紀の晩年の夫婦は、仲睦まじくこの春への支度をするのだった。
空は高く晴れ、青空が深くある。
雲はふわりと身軽に漂い、生きる喜びを芽吹かせる陽の光が輝いていた。
深い雪に覆われた冬を超えてその春、
桜は淡い桃色の花弁を、見事に満開に咲かせてみせたのだった。