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[創作]コーヒーが飲みたい
「どうしたの?」
「いや少し思うところがあって、私も飲みたいと思ったの。」
彼女は生来コーヒーを飲める人ではなかった。小さい頃からその苦味と香りが嫌いだったらしい。しかし今日はその彼女がコーヒーを飲みたいと言い出した。
僕は驚いて、でも心なしか否、深いところで嬉しさを感じて、少し心配しながら話した。
「あんま無理はしないで。これは家のドリップコーヒーよりも深く煎たものだから味も濃いよ。」
「わかった。」
生来嫌いなものを好きになる義務はないし、そんなことはしない方がいいと僕は思っている。ただ彼女の言葉を聞いて僕は考えさせられた。
「あなたが見ているものを、知りたくて。私にはないあなたの一部を、私の中に取り込みたい。」
それはひとえに彼女がいつも謙遜と僕への尊い信頼をしてくれているからこそ出てきた言葉だと僕は悟った。
「きっと苦いと思うよ。」
「うん。」
彼女は熱いコーヒーに息を吹きかけて、そうして一口コーヒーを飲んだ。さながらそれは僕からすれば、世の男たちが求める他者従属の究極形だと思ったが、それは他者信頼によって得られるものだという皮肉な、それでいて素晴らしい情緒の仕組みに、僕の方も息をのんだ。
彼女はうっ、と一つ間を置いて、
おいしくないね、とくしゃりと笑った。