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[創作]抜け出して遊ぼうぜ

暗い電車の滑走するその横道を、無職の男はその女の子に向けて口を開く。

「それはすべて社会のせいだね、君のせいじゃない。」

「そんなこと、ある?」

「そんなことあるよ、君、何も罪がないよ。」

「そんな、じゃあこのノイローゼは何なの?」

電車は2人の横を滑走し、少し遠くの駅に停まった。駅は小さな駅で、しかしながらそこは住民の多い街であり会社から帰宅する者たちの人だかりで溢れる。

「悪の噴出。君が殺されたことによる、悪の噴出だよ。」

「悪の噴出?」

「そう。それは殺されたからこそ悪、つまり君の欲望が噴出してノイローゼ、という形を纏っているだけさ。」

「じゃあ、やっぱ私が悪者だということじゃない。」

「そうでは、ない。その悪は君自身の一つの欲だ。その欲は何かといえば【君が君として生きたい】ただそれだけのためにある感情ではしないか。」

「!」

「だからその悪の噴出、ノイローゼは、殺された君という存在が必然的に悪を自身に見せつけることによって[生きよう]としていることなんだな。」

「じゃあ私は何も罪がないって、こと??」

「そうだよ。だから言っているじゃないか、僕たちは社会人とか学者とかどうこう言う前に、1人の人間であるという観点において社会不適合もノイローゼも何も罪に該当しないって。」

電車は次の駅に発進し、ライトが豆粒のように小さく、そして遠くなっていく。

「価値を崩すことなんだよ。僕たちがやっているのは価値を崩すことなんだ。」

「価値?」

「そう、価値。人間価値というものに捉われると生きる意味が急に色褪せるんだ。でもそもそも考えれば、人間に価値というものを当てはめる経済原理自体が、何らその中身が空洞で誰一人主権を持って働いていない。」

「そんな、じゃああのエリート君はどうなの?」

「エリート、という言葉がすべてを物語っている。だって人間、本当にエリートになれるとしたら、例えば成功者になれるとしたら、そういう人が決まって提供する「価値」というものは、だいたいにおいて値段に還元できない恒久的な力を持っているからね。つまりはプライスレス、なんだよ。」

「そんな、じゃあ私はずっと何か、何か幻想を追っていたの?」

「その幻想こそが、全人類の思考停止さ。つまり社会適合だよ。」

「・・・。私は騙されていたのね...。」

「ひどいのは彼らは騙してる、なんて思っていないことだけどね。」

街灯はささやかに照らし、闇の空には月明かりが浮かんでいる。陽光の反射を感受する月光、それはさながらエネルギーの発散と対極してエネルギーの受容、太陽が男性とするなら月は女性だった。

「あの月を見てごらん。月は自らで光ることはせず、太陽の光を反射して明るくなる。それはエネルギーの受容を現している。つまり世の中は自分を造る、ことだけではダメで、またその造ることこそが社会適合なんだ。でも時には"引く"ことも考えてみたい。強さではなく、弱さも考えてみたい。そうするならば君は今まで確かに、"弱音を吐く"なんてことを一つもやってはこなかったのではないか?」

「.....。そうね、私はすべて自分に対するダメ出しばかり..。」

「無論そのダメ出しもその社会が君を殺したからに他ならないのだけどね。」

「そんなこと、考えたこともなかった。」

夜闇に光る恒星はまばらの感覚に点在し、月は夜空の顔として、星々は夜空の影としてそのステージを彩っている。雲はまばらで、そのゆっくりとしながらも確かに前へ進んでいくのが分かった。

「つまらない世界は置いてさ、僕たちは一緒に遊ぼう。」

「私に、そんなことが、本当に本当に許されるのなら。」

「許すもなにも、君は許されたから生まれてきたんじゃないか。」

「...!」

「だからさ世界は君を許さなかったけどさ、そもそも生まれた君自身と、この宇宙はさ、君を許していたんだよ。こんなつまらない世界は置いて、楽しい真夜中のドライブにでも行こう。」

少女は意味もわからず溢れてくる涙を片手に、彼の手を取った。

「俺は無職だから、社会的体裁もないんでね。君が一つ心が落ち着いたら、好きに捨ててもらって構わないよ。」

少女は瞬時固く口を結び、それからこの夜空に向かって話した。

「一生、捨てることはしないわ。それは私が死ぬまでね。」


空という万有引力を持ち合わせた孤独な星々はその億光年の彼方に二人の人間の愛を連れていく。流星が細く貫き、描いては消え、描いては消え、その鮮やかな一筋の光はあったかなかったか、不安になるような流れだった。それでも星は流れた。たとえ一瞬の間にそれが消えてしまおうとも、確かにそれは一つの引力から引力へ確かな生命を駆け抜けた証左であった。

暗がりの街灯の先にある小さな駅には、新たに迎えの電車が訪れていた。

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