山のしごと 1632文字#シロクマ文芸部
紅葉から聞こえてくる声があったとしても、俺は紅葉からの言葉を聞くことは出来ない。
けれど、一本一本の木々は同じな様に見えて全然違う事がわかるし、こうして見分けられる事が出来るのは、中々稀有な事だと知り、いつからか自分の特技へと変わっていった。
木と土が合わさる場所。
自然が支配する場所。
そんな『山』を、俺は歩く。
🌿🌿🌿
「すみませーーんっ!!そこ、登山ルートから外れてますっ!左の道へ戻って下さ〜い!!」
俺は、山崎 榛名(やまざき はるな)
「おっ……ここの石がぐらついてるから、ぐらつかない様に固定を……」
俺の家は、曽祖父の代から標高1990メートルにある山荘の管理を担うようになった。管理する山荘は、登山をする人達が食事をしたり休憩したりする為の唯一の場所であり、砦だ。
そして、山荘の管理を担うのと同時に、山の管理も任されている。
1日に1度は登山道へ行き、足を取られてしまいそうな石や岩を取り除いたり固定したりする。
「……こんなもんかな?
うん!動かないっ!大丈夫!」
確かな安全を確かめ、俺はまた山を登っていく。
俺は最初、山荘の管理という仕事を嫌っていた。
というか、恥ずかしいとさえ思っていた。
けれど、そんな俺の心を知ってか知らずか、父は週末になると、俺を何処かしらの山へと連れて行き、登山をさせた。
勿論、山荘の仕事があればそちらを優先するのだが、父に誘われる登山を、俺はキライではなかった。
高校、大学と「山岳部」へ入り、そこで基本的な山の事を学びながら、長期休みに入る時は山荘の仕事を手伝う様になっていった。
恥ずかしいと思う気持ちは、いつの間にか何処かへ行き、祖父、そして父の弟子となり、山の事、山の怖さ、山の歴史、山の仕事を学んでいった。
そして…
俺は、山を愛するようになっていった。
ズザザザッーーーー!!!
「………!!!」
音のした上の方へ視線を向けると、岩場から滑落してしまった登山者の男性が倒れていた。
「……あっ!!大丈夫ですかっ!!」
俺は足元に気をつけながら滑落してしまった男性の元へと向かう。
幸い、滑落したにしても高い所ではなかった。
けれど、男性は頭を抑えていて、手をどけて貰うと頭を岩で切っていた。
「大丈夫ですか?頭以外に、痛む場所はありますか?」
「い、いえ…大丈夫です」
俺はリュックから消毒液とガーゼを取り出し、男性の頭のケガを消毒する。
幸い深い傷ではなさそうだ。
「今痛まなくても、後になってから痛んだりする場合があるので、もし痛みがあったらすぐに言ってくださいね」
そう言うと、俺は携帯電話を取り出し、救助隊へと連絡を入れた。
けれど、男性が歩ける様なら、場所的に下山した方が早いと言われた。
今から飛行機が向かうとなると、最低1時間以上はかかるらしいのだ。
また、救助隊が今、山荘に来ているという事もあって男性と一緒に自力で下山する事に決めた。
「それじゃあ、ゆっくり行きましょうかっ!もし、途中で具合が悪くなったりしましたら、すぐに行ってくだいね!」
「はい。よろしくお願いします」
男性の後に続き、俺は山を下山していく。男性は下山中も何事もなく、無事、山荘に居た救助隊の人へバトンタッチする事が出来た。
「父さん!俺、また行ってくるよ」
「……大丈夫か?疲れてないのか?」
「うん。これくらい平気!
暗くなる前には必ず戻ってくるから」
「気をつけてな。」
「ちゃんと……山の怖さは、わかってるよ」
こうして俺は、また山荘を出発し登山道を歩きながら道に危険な場所はないか確かめていく。
はじめは恥ずかった山。
けれど、惹かれてしまった場所。
まだまだ父には及ばない。
大学を卒業した今も、まだまだ足りない。
山の荘厳さも、美しさも、残酷さも、分かった様な気になっているだけかもしれない。
それでも、自分の特技を生かせる場所に居られて、山の神様を敬う事が出来て、誰もが経験できる仕事ではない事も知った。
俺は、体が許す限り、この仕事を受け継ぎ続けていくだろう。
「よしっ!行くぞっ!!」
〜終〜
※『ニッポン山岳仕事人』を参考に、この物語を書いてみました。
ご指摘がありましたら直ぐに削除します。
こちらの企画に参加させて頂きました。
ありがとうございました。