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あの日、触れた手のひら(手のひらの恋)#青ブラ文学部
『手のひらの恋』というほど大袈裟なものではないけれど、俺はバッテリーを組んでいる灰崎(はいざき)の手に始めて触れた時の事を、今でもたまに思い出す。
◈◈◈
「大ー!灰崎がマウンドで待ってんぞー!」
「はーいっ!すぐ行く!」
俺は大崎大貴(おおさき だいき)高校の部活では、野球部に所属している。
ここの野球部は俺達の代から復部された野球で今は2年目。
ポジションはキャッチャーで一年生の頃から主将をしている。
そんな俺がバッテリーを組んでいる灰崎は投手。
灰崎は中学の時の野球部で悔しい思いをした過去があり、高校に入学しても、野球部に入る気はなかったらしい。
けれど、俺とマネージャーであり幼馴染である美結(みゆ)が説得を続け、灰崎自身も本当は野球が好きだと言うことを知り、今に至る。
「ごめん!灰崎!すぐ準備するからっ」
「いいよ、ゆっくりで。別に怒ってねーし、焦らすつもりもないから、」
「ごめんねっ!ゆっくり、早く!準備してくるからっ!!」
「ふ、はいはい」
そんな灰崎が野球部に入ってすぐに練習試合が組み込まれた。
灰崎が入部して9人になった野球部。
この時が野球部の初陣でもあった。
〜1年前〜
「タカ〜、灰崎知らない」
「うん?知らないけど……、……大と投球練習してたんじゃないの?」
「そうしようと思ってたんだけど、見つからなくてさ〜、俺、ちょっと探してくる!」
灰崎の姿が見つからず、慣れない練習試合相手の高校の校庭を見て回る。
すると、灰崎はグランドからは死角になっている物置の傍でうずくまっていた。
「!!灰崎っ!どうしたの?!
具合、悪いっ?」
灰崎は、見つかった!という顔を一瞬したが直ぐに静かな声で『体調は悪くない』と返事をしてきた。
「………練習試合、嫌?」
「…………っ、嫌なんじゃない。
ただ……っ、試合なんて久し振りで、それで、少し緊張してて、一人になりたかっただけ……」
灰崎の爪の色が一瞬見えた。
その爪の色は青ざめていて、とても冷たそうだった。
「……………灰崎、手、」
「……えっ?」
「手、貸して……」
何で?という顔で訝りながらも、灰崎は素直に片手を差し出してくる。
俺はその差し出された手を両手で包み、包んだ片方の手のひらに触れた数々の手のマメを感じた。
何度も潰しては治り、潰しては治りを繰り返したであろう手のひらのマメ。
灰崎の、見えない努力をした証。
「………、大丈夫。」
「………えっ?」
「灰崎は、大丈夫。ちゃんと出来る!
この手のひらのマメが、それを証明してる。俺にはわかるっ!」
「……………………………………っ」
灰崎は、少し困ったような、戸惑った様な顔をしている。
少し大袈裟すぎた?……とは思ったものの思った事は事実だし、本当に凄いと思ったん事に変わりはない。
「本当に……、出来る?」
「出来る。灰崎なら出来る!
………それに俺もいるし、皆も居るから!ねっ!」
「………………っ!、」
その時、灰崎の手を包んでいた手が、自分だけの温もりだけではなく、灰崎の手のひらにも温度が戻った感覚がわかった。
「…………っ!行こうっ!灰崎!」
「………っ、おうっ!!」
その後の練習試合で、無事に野球部の初戦を勝利で飾れた事は言うまでもない。
それからの今になるわけだけど、俺はあの日、灰崎の手のひらに惚れた。
そして思った。
この努力を、絶対に無にさせちゃいけないと。
バッテリーはよく『夫婦』に例えられ、キャッチャーは『女房役』、なんて言われる。
そんな女房役である俺が、灰崎の手のひらに惚れたって言っても可笑しくなんかない。
うん、いいに決まってる。
「灰崎〜!お待たせー」
俺は自分が守る場所へと小走りで向かい腰を降ろす。
「別に待ってねーよ、」
「そんな冷たい事言わなーい」
「ふっ、良いから、早くっ、やるぞ!」
「うしっ!ピッチャーこーい!!」
俺は今日も、キャッチャーとして灰崎の球を受ける。一球、一球、受ける。
あの日、触れた手のひらの努力が、どうか、実りますように。
花が、開きますように。
俺達も、頑張るから。
そう、密かに願いながら……。
そう、密かに誓いながら……。
終わり
こちらの企画に参加させて頂きました。
山根あきらさん。
今回も優しく素敵な言葉のお題。
ありがとうございました。