読書日記2023②
『サーカスナイト』 よしもとばなな
精霊の存在を感じながらバリで育った一人の女性。ある出来事により片手が不自由になった。家族とのあたたかな日々を過ごしていたある日、送られてきた一通の手紙がつらい過去の出来事の記憶をよみがえらせる。過去の清算と未来への思いを胸に、再生と癒しの時を過ごしたバリの地を再訪する。
七尾旅人さんの同名曲を一部引用して始まるこの小説。
よしもとばななさんの作品の中で、科学的ではない不思議な力を持ち、
その力によって、周囲の人間関係がうまく回っていくさまを描くものが好きです。
ファンタジー、といってしまうのは勿体ない。独特の“ばななワールド”。
写実的、というのが適当ではないかもしれませんが、創造性でいえば現実に近い「キッチン」「TSUGUMI」といった初期の受賞作品は読んだか覚えていない。
小説内で、主人公の女性は夫を亡くし、義両親と2世帯同居しながら一人娘を育てています。
亡き夫は進行性のがんが判明した時、子どもを残したいと願った。
それで長年の知人であった女性に自分の子どもを産んでほしいと頼んだのです。
つまり、いずれ死にゆくことを覚悟の上、家族になった。
恋愛関係でなかったけれど、自身の願いをかなえてくれる信頼を置ける相手として選ばれ、死後数年経過してなお、義両親とは良好な関係を維持できている。
そんな関係が成り立つことからしてフィクションでファンタジーなのだけれども、そういうことが成り立つ希望があってもいいかなと思うのです。
3組に1組は離婚する時代。恋愛という感情の熱はいつか平熱よりも冷めていく。それだけでは生活は維持できないから「条件」を立てて結婚相手を探す。
その条件のなかに「信頼」があるということ。
ふつう、最低限、当たり前と思って条件にカウントしていない可能性すらある、信頼。
ただ、曲の「サーカスナイト」を聴くと、亡き夫側は彼女に恋をしていたのかも知れないと思うのです。
公教育を受けていない、破天荒といえる生き方をしてきた恐れをしらない女性への畏怖とも憧れにも似た感情。
死を覚悟した時、彼女への思いを自覚し彼女を愛した形を残したかった。
それが彼女との子どもを持ち、家族になるものだった。生きる希望があれば、何とか生きながらえるかもしれない。
そんな切実な願いもあったかもしれない。
小説『サーカスナイト』をきっかけに「サーカスナイト」は好きな曲となり、プレイリストに入れています。
主人公の不思議な力と過去に起きた悲しい出来事の清算がメインのお話ですが、娘や亡き夫、義両親との関係性などが随所にちりばめられて“ばななワールド”的筆致です。
言葉、表現の選び方でドロドロせずにあっさりと、質量や重力のない、かろやかさをまとっている。
状況描写の言葉と、状況を想像したときの脳内でのギャップの大きさってあります。
ちなみに、少ないながらよく読む作家の中でギャップを感じるのは。
淡々と描いているけれど脳内映像はR15だな、と思う率が個人的に高いのが伊坂幸太郎さん。
文体と表現はほんわかとしているけれど、なかなかにシュールであり大変な状況であるのがよしもとばななさん、と思っています。
ギャップが少ない作家さんも多く、そういうのも作風のひとつなのですが。
よしもとばななさんは、不思議な、目に見えない科学では証明できない力によるものを、フィクションとノンフィクションの間程度にかろやかに信じさせてくれるように描く。実写化してしまうと、途端に虚構感が出てしまうだろう。
七尾旅人さんの「サーカスナイト」を聴くと、オルゴールのように永く続いてほしいのに物悲しさを秘めた切ない思いを抱きます。
ミュージックビデオの雰囲気が思い起こされます。
夜中にドライブしながら聴くのも好きです。
すでに何度も読了していた作品でしたが、数年ぶりに読み返しました。
いまのところ、子どもを持たない人生を選んでいますが
もし余命が定まったとしたら。
子どもを持ちたい、子孫を残したいと願うのだろうか。
今後の人生やら寿命やらを考慮するとより現実的な年齢になり
ファンタジーのような生き方をもうできないとわかりつつも
できたら幸せなのかどうかとぼーっと考えています。
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