神奈川大学2024年度四年生特集


はじめに

昨年も行いましたこのシリーズ。今年は駅伝や予選会に出た選手を神大選手紹介で惜しくも主要大会に出られなかった選手を四年生特集で紹介したいと思います。

小原快都選手

高校時代は強豪仙台育英でレギュラーを掴み都大路でも区間賞を獲得するなどかなりの実績を持っていた選手。一年生時には主要大会のエントリーはなかったもののハーフマラソンで64分台を出すなど活躍します。しかし怪我もあったのかここから二年間まったくレースには出れず、、、
それでも最後の四年生最後のチャンスを掴むべく怪我を克服し世田谷ハーフマラソンに挑んだものの、結果は振るわずエントリーを逃してしまいます。それでも引退レースとなった平成国際大学記録会では果敢に先頭を引っ張るなど四年生の意地を見せてくれました。卒業後は一般企業への就職だそうです。

菅野涼介選手

高校時代は白鴎大足利で活躍していた菅野選手。下級生の頃からじわじわと力を付け二年生で5000mの自己ベストを更新すると、三年生では主要大会へのエントリーこそなかったものの10000m29分35秒に載せ一気に主力へと駆け上がります。迎えたラストイヤー菅野選手は自己ベストこそ更新できないものの継続してレースに出て安定した結果を残します。その安定感を買われ全日本予選、箱根予選、全日本本戦とエントリーに入るものの出走にはあと一歩届きませんでした。迎えた世田谷ハーフ序盤から積極的に走ったものの結果は67分台。箱根駅伝のエントリーを逃します。それでもトラックのラストレースとなった日体大記録会で自己ベストを29分18秒まで縮めると栃木県市町村駅伝でも区間8位で走るなど爪痕を残しました。卒業後は一般企業に就職するそうですが、毎年栃木県市町村対抗駅伝に出場しているのでもしかしたらこれからも走る姿は見れるかもしれません。

倉本晟伍選手

広島県内で世羅に次ぐ立ち位置に君臨している広島皆実で活躍していた倉本選手。一、二年生時には目立たぬ存在だったものの、先輩の島崎選手や小林篤貴選手からは期待する選手として挙げられるなど素質はかなりの物がありました。すると三年生時には5000mの自己ベストを更新するとかながわ駅伝では4区で持ちタイムで20秒以上の差のある選手もいるなか区間賞を獲得するなど覚醒の兆しを見せました。ただ四年生では怪我もあったのかマネージャーを兼任することになりレース出場は上尾ハーフマラソンのみと個人的には惜しい結果となりました。卒業後は一般企業に就職だそうです。

園田勢選手

高校時代は強豪鳥栖工業に所属し二年生時には都大路3区16位、四年生時は都大路こそ振るわなかったものの14分1秒の持ちタイムは新入生としては当時歴代3位大きな期待をもって入学しました。しかし一年時こそ全日本予選会のエントリーに入ったもののそれ以降はなかなかメンバー争いには絡めず。トラックでも高校でのベストを越えることが出来ませんでした。ラストイヤーは走ったレースが佐賀県内一週駅伝のみと悔しい最後に。卒業後は一般企業に就職するそうです。

長谷川舜選手

高校時代は水島工業で活躍していた長谷川選手。一年生時こそあまり存在感が無かったものの二年生時には一気に飛躍5000、10000、ハーフのすべてで大幅自己ベストをだし全日本予選会のエントリーにも入ります。ただ上級生になるとなかなか結果をだすことが出来ず、、、ラストイヤーとなった今年は一度もレースに出場することなく競技引退となりました。卒業後は一般企業に就職するそうです。

マネージャーの皆さん

元々は選手として入ったものの、悔しさを抑えてマネージャーに転向しチームに尽くしてくれた中井マネージャーと加藤マネージャー。四年間裏方でチームを支え最後もエース宮本選手のサポートをしてくれた横山マネージャー。選手たちと比べて光が当たる場面は圧倒的に少なかったですが間違えなくマネージャーさんたちがいなければここまでこれなかったと思います。本当にありがとうございました!

最後に

この四年間どの選手も悔しい時間を過ごしたと思います。選手によっては思い描いていた未来とは大きく違った人もいると思います。それでも四年間続けてくれてありがとう。そしてお疲れ様でした。目標へ向かって努力をしたという経験は絶対今後の人生の支えになるし糧になると思っています。今後は陸上からは離れる選手もいると思いますが、これからの長い人生頑張ってください。

そしてまだ一人だけ選手を紹介していません。その選手は今年の神大を支えた選手です。一週間以内にはブログに出すと思うのでお楽しみに!

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