【妄想お悩み相談室】第2回 「河童の彼が川で流されました」
回答者:50代 フォークロア先端研究ステーション 准教授
私たちが若い頃は、田舎の方ではまだ規制が緩く、小学生の子どもでも普通に川で遊ぶことができました。私も田舎育ちなので、小学校高学年くらいまでは、近所の友達と一緒に川で魚を獲ったりして遊んでいたものです。
そこから時代は変わって、段々子どもたちの遊ぶ場所も大人たちの管理の手が施され、川も今では遊泳禁止の場所が多く、田舎の方でも自由に泳げる場所を見つけることは難しい状況にあります。私たちが子どもの頃のような光景は、今では考えられないものになりつつあります
こういった規制は、河童たちにも影響を与えています。若い世代になるにつれ、泳げない河童が増えてきているという研究結果が2009年に発表されています。むしろ、義務教育で水泳を習う人間の方が、河童よりもはるかに泳ぎが上手いというのも最近では珍しくありません。河童だから泳げて当然、そんな時代は過去のものになりつつあります。
あなたの彼氏も随分若いと見受けられます。彼が泳げなかったのは、決して彼の惰性故ではなく、尊い子ども(河童も含め)たちの命を守るべく、彼らが泳ぐのを人工的に管理・設計された場所に制限し、人工的環境とは違う原理や法則が入り乱れる、時として私たちには無秩序で奔放にさえ見える自然の中で泳ぐ機会をいたずらに奪ってきた私たち大人の責任です。そして、河童たちをろくに泳がせなかったにも関わらず、「河童だから泳げて当然」というステレオタイプを相も変わらず振りかざすという、矛盾に満ちた大人たち(人間、河童を問わず)の態度が彼を追い詰め、今回の事態に至ったのです。
「河童と川流れ」という言葉が当てはまる出来事は、いつの時代にもあります。しかし、最近の若い河童にとっては、「河童=泳ぎの名人」という先入観を前提にしたこのことわざは時代錯誤も甚だしいといったところでしょう。水かきが付いていても、使い方が分からなければ泳げるわけがありません。水かきは所詮、ポテンシャルに過ぎないのです。
昔から、河童は子どもたちを川に引きずり込んだり、人間の血を吸い尽くしたりするという噂から、人々に恐れられていました。我々の祖先が運動と協議を重ね、お互いがお互いを理解し合い、ようやく人間と共生できる妖怪として認められるようになりました。もちろん今でも河童の中には、他の動物や人、同類の河童にまで悪戯をするならず者もいますが、お手紙を拝見する限りあなたの彼は違います。
力もちで一日中車を運転する器用さと体力を持ち合わせています。それだけでも若いのに大したものです。しかも、そうした力を悪戯や人を傷つけるのに使うのではなく、あなたを楽しませるために使っているのです。そして、あなたを楽しませるなら、多少自分の限界を超えても泳いでやろうとする気概。泳げないから何なんですか!そんなものは、ただのジェネレーションギャップに過ぎません。
対応策ですが、彼のできないことではなく、彼があなたのためにできたことを見てあげてください。それで十分かと思います。泳げないというだけで彼を嫌いになることはないというあなたの姿勢が伝われば、これと言って励ましの言葉をかける必要はないかと思います。もしそれでも彼が気にして、あの時の泳げなかった自分をどう思ったか聞いてきたら?その時はぜひ「弘法も筆の誤り」と答えてください。念のためくれぐれも「河童の川流れ」とは言わないように。
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