見出し画像

ゴメが啼くとき(連載13)

 ある日、文江は浦河に行くという知りあいのおじさんの車に乗せてもらい、目黒に向かった。
 目黒の坂本家を訪ねた。奉公をやめて以来の訪問だった。
 子守りをした昌枝は十歳になっていた。小さい頃文江の背中で愚図っていた記憶は昌枝には無い。

 昼ご飯を戴き、歌別に帰る途中、フンコツ(白浜)の佐藤家に寄ろうと、海岸線を歩いていると、後ろから米軍のジープが近づき、止まった。
 文江は一瞬緊張した。若いアメリカ兵が二人乗っていた。そして、英語の様な言葉で文江に話し掛けた。話す言葉の意味は皆目分からない。アメリカ兵の態度で乗せてくれると文江は思った。暫く躊躇したが、思い切ってジープの後部座席に座った。ジープは出発した。浜風に文江のスカーフが揺れた。気持ちがよかった。

 あっという間に、フンコツ(白浜)のドンドン岩に着いた。
 文江は「ストップ! ストップ!」と言って、ジープを降りた。ストップだけは知っていたが、ありがとうと言う言葉を英語で何というか知らなかった。が、うろ覚えで「サル、・・サル」と言ってしまった。すると、二人のアメリカ兵は、顔を真っ赤にして怒り出した。多少日本語を知っていたのだ。
 もう一度乗れと言っているような動作だったので、文江はまた、後部座席に乗った。すると、車はUターンし、猛スピードで今来た道を戻ったのである。そして、乗せてもらった場所まで来ると、降りろという動作ではないか。しかたなく降りた。すると文江をその場に置き去りにして、去っていってしまった。
 サンキューというところを、サルと言ったものだから、怒りに打ち震え、アメリカ兵たちは、文江を、乗せたところまで戻って、そこに置き去りにしてしまったのだ。文江は後悔した。余計なことは言わず、ただ頭を下げればよかったのだ。歩きながら反省した。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?