短篇小説(連載)忘却の文治(7)
翌日(火曜日)、文治はゲストハウス深紅の一階ロビー右側のラウンジで、朝食後のコーヒーを啜りながら新潟日報社の朝刊を眺めていた。
社会面をみていた文治の目が、ある記事にくぎ付けになった。
そこには、新潟から佐渡に渡ったとき、高速フェリーのジェットフォイルの文治の隣の席にいた女性の写真が掲載されており、記事の見出しに、『旅行客の女性が変死』と書かれていた。フェリーの隣の席にいた美しい女性に間違いない。文治は、一瞬ラウンジを見回した。何も隠し立ては無いのだが、人間の本能なのだろうか? つい自分の周りを見てしまう。一昨日、会話をした見知らぬ女性が殺されてしまった。文治は、フーとため息をつき、改めてその記事を目で追った。
〇〇月〇〇日(月曜日)の朝、加茂湖に近い湖畔の宿「佐々木家」に宿泊していた女性が、遺体で発見された。
旅館の仲居が、朝起きてこないその女性の部屋を覗くと、ベッドの上で死んでいるのを発見した。
何者かとあらそった形跡もなく衣服に乱れもなかった。ただ首を絞められたような跡があり、佐渡警察署では、殺しと自殺の両面で、捜査を始めた。
心当たりの方は、佐渡警察署までご連絡を。
確か高速フェリーのジェットフォイルの中で、文治が聞くと一人旅と言っていたはずだ。彼女には連れがいる雰囲気はなかった。ということは、犯人は佐渡の在住者か、あの日の前後に佐渡に渡った者の犯行なのか? 文治の頭の中はぐるぐるとうごめいていた。
警察では、総動員をかけて、犯人探しに奔走しているはずだ。フェリー搭乗員名簿を調べ、文治のところにも捜査員がくるだろう。今日は、ホテルにいるほうが良いだろうと思い、文治は部屋に戻った。
午前十時過ぎ、部屋の電話機が鳴った。フロントからだった。文治は、「来たな」と思いつつ、受話器をつかんで耳にあてた。
「木内文治さま、警察の方が一階ロビーでお待ちです」
「はい、分かりました。今行きます」と言って文治は受話器を置いた。