【連載小説】リセット 2
美代は短大を卒業したあと、電子部品の問屋の事務として就職した。
芳樹と結婚したあとも、仕事は続けていた。
両親がいない美代は、身寄りと謂えば、弟一人だった。
その五歳年下の弟の素行が悪く、半グレ集団の仲間に入り、毎日荒れた生活をしていた。
当然学校にも行かず高校は退学。錦糸町界隈を練り歩いては悪さを働いていた。
美代は、弟の事を不憫に思い、お金をねだられたら少ない給料の中から工面してやっていた。
美代が結婚してからも、弟のお金の無心が続いた。
美代は芳樹に隠れて弟にいくばくかのお金を工面していた。ところがその後、頻繁に姉にお金の無心をするようになった。今まで貯めていた虎の子から何とか工面していたが、それも底をつき、芳樹との生活費にまで手を付けるようになった。
弟の名前を和人という。和人は仕事にもつかず、悪い仲間と遊び歩いていた。美代には、付き合っている彼女が妊娠したからと言って中絶手術代を要求し、またパチンコ代やら競馬競輪にうつつを抜かし、金が無くなったら姉の美代のところへ来て無心する。
美代は弟のそのような乱れた生き方やお金の無心を、芳樹にはひた隠した。しかし、いつまでも隠し通せるものではなかった。
結婚して一年ほど経った頃のある日、芳樹は何気なく生活費の銀行通帳を見て愕然としてしまった。
これだけ慎ましく生活しているのに残高が殆どない。芳樹は美代に問いただした。
「通帳見てしまったけど」と芳樹が話すと、美代の表情が曇った。
「蓄えがほとんどないじゃん! お金の管理は美代に任せているのに」
美代は黙ったままうつむいている。
「どうして? 美代、答えてよ」
美代はなお黙っている。
「美代!何とか言えよ!」
芳樹は強い口調で美代に迫ったが返事をしない。なにか自分に隠していると芳樹は感じた。
その数日後、テレビの報道で、特殊詐欺グループが逮捕されたニュースが流れ、芳樹はそのグループの顔写真を見て仰天した。その写真の中に美代の弟の和人が写っているではないか。
「どうしたんだ!」美代に問い詰めた。やはり和人だった。美代の口から弟がお金の無心に来ていたことを打ち明けられた。どうりで預金残高が無いに等しかったのだ。
芳樹は頭を抱えた。
弟には罪を償ってもらうしかない。それよりもその後の美代が、ひどく落ち込んでしまったことが心配だった。
美代はいまの昼の仕事のほかに夜働こうと思っていた矢先、友達から有楽町の料理店で働いてみないかとの話があった。条件は良い。美代はその話に飛びついた。
昼間の仕事が終わってから有楽町の料理店に出かけ、夜中に帰宅する。
二人はすれ違う毎日だった。会話も薄れ、お互いの心が次第に離れていった。
美代が昼夜働き出して二か月ほど経ったある日の晩、料理店から帰ってくる時刻になっても美代は帰ってこなかった。今までそういうことは一度も無かった。
その後、たびたび外泊する美代に、芳樹はおかしいと感じ始めた。人生経験に乏しい芳樹でも、男がいるかもしれないと勘繰った。
ふたりが休みの日曜日、普段すれ違いの二人は、リビングで話し合った。というより、芳樹から問い詰めた。
「最近、外泊が多いようだね」
「・・・・・」
「なぜ黙っている?」
「・・・・・」
「どうしたんだよ、美代!」
「別に」
「別にじゃないんだよ!」
芳樹は初めて美代を殴った。絶対殴るのは良くないと思ったが、手が出てしまった。美代はじっとこらえて鋭い目つきで芳樹をにらみつけた。芳樹は美代に対して、それ以上問い詰めることを憚った。
自分はなんて情けない男なんだ。美代に男がいるのか、問い詰める勇気もないのかと、自虐の念にかられた。
「もうおしまいだ」と芳樹はつぶやいた。
その後の二人の生活は、他人同士が同居するような生活となっていった。
芳樹は松江教授に悩みを相談した。教授は親身になって芳樹の悩みを聞き、時には自宅に芳樹を招き、相談にのったこともあった。
しかし、芳樹と美代は、その後、いとも簡単に離婚してしまった。