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【連載小説】憐情(4)

 妹と息子はありあわせの食材を冷蔵庫から見つけ、ご飯を炊いて食べた。
 妹は旦那に今日は実家に泊まる旨連絡を入れた。旦那は明日お袋を連れて病院に行ったらどうかと提案してくれたが、明日の状態を診てから判断することにした。

 遠く離れている兄に電話で助けを求め、帰ってくるなり布団を敷いて寝てしまったお袋の異常な行動に、妹もどうしたものかと悩むのであった。

 その夜のこと
 階下でなにやら騒がしい物音がした。
 妹は息子と二階の部屋で寝ていたが、その物音で目がさめた。
 お袋は一階の寝室で寝ている。
 妹は息子を起こした。二人は、気づかれぬ様、階下に降りた。
 時刻は真夜中の二時ごろである。
 階段からお袋が寝ている一階の寝室を覗き、二人とも腰を抜かしそうになった。
 寝室の中では、お袋にふんした狸と、他の狸二匹を入れ、合計三匹で、がやがや話しているのである。
 此方を背にしているので狸連中は妹と息子の存在にはまだ気が付いていないようだ。おまけに一升瓶をどんと畳に立てかけ、二匹の狸は乾き物を肴にして酒盛りをしているのであった。
 
 息子が階段で足を滑らせてしまい、大きな音がした。
 部屋の中にいる狸が此方を振り向いた。お互いビックリするやら驚くやら。大騒ぎとなった。
 妹は、このいまの現実が夢ではないかと疑ってみたが、はっきりと現実であることを認めざるを得なかった。それは息子が狸だ! と大声を発したからであった。
 妹も狸達もこの場を如何切り抜けたらいいか、一瞬考えた。
 妹はこの狸達との通信手段はないものか思案した。思い切って狸に声をかけた。
 
「私の言うこと解る?」
「解るよ」と狸の中の一匹が話したので、妹は固まってしまった。息子の顔を見ながら、
「お母さんは何処に居るの」と聞いた。
「実は、昨日あなたのお母さんから頼みがあると我々の住処である『花の森公園』の裏山の神社の裏手、山の斜面の横穴に来たのさ」と狸が言った。
「それで、お母さんはいま何処に居るの?」
「それは教えられない」と気取った言い方をした。そしてこう言った。
「私たちは、あなたたちの敵ではない」

 そして、その狸がお袋について話すのであった。

「お母さんの言うことには、私は毎日毎日一人で何することも無く、退屈で退屈で困っている。そこであんたらにお願いがある。私に化けてくれないかいといわれたもんだから協力したんだよ。美味しいお酒を飲ませてくれることを条件にね」
「お母さんはいま何処に居るの?」
「大丈夫だよ! 無事ですよ。これから我々は自分たちの住処に戻り、お母さんに報告をするんだよ。あんたがたに見つかるとは不覚だった。お母さんには内緒だよ。約束してくれるか?」と一匹の雄狸が言うのであった。
 妹は「判った」と言わざるを得なかった。そして、 
「お母さんを帰してくれるんだね」
「勿論さ、ただ誤解しないでもらいたいのだが、我々がお母さんを拘束などしていない。お母さんが帰ってきても騒いだりしたらだめだよ。そっとしておくんだよ。もう一度念を押しておくが、私たちは敵ではない」
「判った」と妹。
「我々はもう少ししたら帰るから、三十分後、お母さんが帰ってくる。何事も無かったように振舞ってくれ」
妹「そうする。約束する」
 
 暫くして、その狸達は神社の裏の寝床へ帰って行った。

 三十分ほどして、お袋が一人で帰ってきた。妹と息子は二階で息を潜め、何事も無かったように床についた。

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