短篇小説 晩景の花火(12)
裕が、東郷の養子となり、原宿の事務所に働き出してから、三年が経った。
その間、不動産売買の経験を積み重ねていったが、時々新宿のあの『沙友里』という会員制クラブにも顔を出した。ママの和さゆりは裕を歓待した。
従業員も増え、客も増えているようだった。
さゆりの内縁の夫、橋田紀夫の店スナック『カサブランカ』にもたまに顔を出した。時には東郷と一緒に行くこともあった。
「麦酒にする?」と友ちゃんこと吉田友子が、裕に聞いてきた。カウンターの中の紀夫は、ニコニコ微笑みながら、
「裕君はアルコールを飲めるようになったよね。二十歳は過ぎたからね。それに長岡出身だから酒は強いよ」と、裕に確認もせず言葉を吐いた。
「ところで東郷君・・細田裕ではなく、これからは東郷裕君だね。元気かね」
「はい、会社のほうも何とか回っています。世の中の人は様々です。嫌な辛いこともありますが、東郷社長が親切に教えてくれましてね。早く仕事を覚えて、独り立ちしたいと思いますが・・」と裕が言うと、
「裕君、焦らずコツコツやった方がいいよ。余裕が出来たら、俺の店も手伝ってもらうからな。いいだろう」と笑いながら言うのであった。
その言葉が現実となってしまったのが、それから三年後の裕が二十五歳のときだった。