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短篇小説(連載)星堕ちる⑮
昭和二十七(1952)年五月、次女が誕生した。光江と名付けた。その次の年、次男が生まれた。名前を清二と名付けた。
ツネは四人の子供を抱え、益々赤貧生活を続けていたのである。次郎はそのころ、タクシーの運転手として働いていた。
昭和二十九(1954)年の冬、訃報が届いた。修善寺の父親儀一が逝去した電報だった。
半年前から父儀一がまた体調を崩し、入院していた。
修善寺の長男、定男からの便りでツネは知った。すぐ飛んで行きたかったが、四人の子供を抱えるツネは、叶わなかったのである。父の快方を祈るだけだった。
訃報が届き、直ぐにツネは四人の子供を抱え実家に戻った。次郎は仕事にかこつけて、義父の葬儀には参列しなかった。
ところが次郎は、ツネが実家に帰っている間、ある女性を家に連れ込んでいたのである。
その一か月前、次郎は夜間、タクシーを走らせていた。赤羽で、一人の女性を乗せた。その女性は、三十代の女だった。見るからに生活やつれが出ていた。
「お客さん、どちらまで?」
「板橋の赤塚まで、目的地近くになりましたら、声掛けますね」
次郎の運転する車は、赤羽から板橋方面に向かった。車内で、その女は、運転している次郎に向かってこう話したのである。
「男に捨てられた。子供を一人抱えてこれからどう生活していったらよいか」
次郎はそれを聞き、また、人の好さが疼きだした。その女には乱れた生活が感じられた。
「お客さん、大変だね。よかったら私が相談に乗るよ」
「・・」
「今度こちらから連絡するから、家の電話番号教えて」
後日、次郎は教えてもらった電話番号あてに電話したのだった。
ある日、次郎は、タクシー車を、自宅に乗り付けた。後部座席から一人の女性が下り立った。家に連れ込んだのである。ツネと子供たちが留守の家に。
その後次郎は、赤塚のその女性の家に入りびたりとなった。たまにはツネのもとに戻ってくる。いくら世間知らずなツネでも、これは大変だ! 一大事だ! と思うようになった。ましてやツネのもとにタクシーで稼いだお金を入れることが叶わなくなってしまう。
ある日、ツネは近くの店に買い物に出かけた。
買ってきた総菜はあまりにも少ない。
帰る道の途中に団子屋があった。食べたかった。ツネはその団子屋の前で暫く佇んでいた。その店に入るのか? と思いきや踵を返して、家路に急いだ。ツネは甘い饅頭が食べたかった。お金があればと何度思ったことか。
家では子供たちがおなかをすかせて待っている。その四人の子たちが、ツネの欲求を引き戻した。子供たちが、自分の脱線しそうになる気持ちをうまくコントロールしてくれていると思った。これから如何なることがあろうが、決して家族崩壊してはならないと強く決意するツネだった。
赤塚の女には、連れの女の子がいた。毎日のように次郎が入り浸る。ある日その連れ子が、
「おじさん! もうこの家に来ないで・・、来るな!」と大きな声で泣きながら叫んだのである。次郎はやっと目が覚めたように見えた。そして自暴自棄になった。次郎はもう赤塚のその家には行けないことに気付いた。その鬱憤をツネにぶつけた。