短篇小説(連載)忘却の文治(12)
文治と娘のかおるは、上野駅で降りた。
御徒町商店街は混んでいた。
最近は外国人の観光客も多い。二人はその雑踏の中を通り抜け、御徒町のとある宝石店に入った。
かおるは店員の女性にお願いして、ショーケースの中からめぼしい指輪を出してもらい、手に取っている。
文治は宝石には全く興味がない、というか分からない。
「お父さんこれどうかしら」とかおるが、文治に聞いた。聞かれても文治には皆目見当がつかない。
女性店員が、
「プレゼントですか?」と聞いてきた。かおるは「そうです」と受け応えている。
かおるは文治に振り向き、
「お父さん、お母さんの指のサイズしっている?」と言った。文治に判るはずがない。
そこは女性である。かおるは母 和子の左薬指のサイズは知っている。
「このダイヤの指輪どうかしら」と言って、左手の薬指にはめた。店員が、
「0.5カラットのDですよ。これはいいものです」と言ってきた。
「お父さん予算は?」
「五十万用意してきた」と文治が応えた。そのダイヤの価格は丁度五十万だった。
帰りは、上野駅の近くの高級喫茶店に寄り、お茶した。
かおるが結婚してから親子二人で話すこともなく、久しぶりの二人の時間だった。
文治は、嬉しかった。我が子とこうしていることが至福の時間だった。
「お父さん、旅行に行って、お母さんに渡すまで、隠しておくのよ」とかおるは文治に話した。
さて、家のどこに隠しておこうか? 文治は思案した。