【連載】しぶとく生きていますか?⑯
「父さん!」
淑子が何気なく玄関を眺めたとき、茂三が立っているのを見つけ、驚きの声を上げた。
「さっきまで、庶野の吉田巡査さんと、あんたを必死で捜したども、見つけられなかった。どこさ行っていたのよ・・」と言って、淑子は茂三に抱きついて泣いた。
「悪かった。奇妙な世界から戻ってきた・・天国へ行ってきた」
「はあ? 天国? 死んだら行くあの天国に? こんな時にあんた冗談を言うもんでないべさ」
「そうだな、誰でも冗談にとるべな」と茂三は頭を掻いた。
「あんた、手拭いはここにあるよ」と淑子は、茂三がいつも頭に巻いていた手拭いを茂三に渡した。そして、
「波打ち際に落ちていた。持ってきておいたよ」と、キツネに騙されたような顔をして茂三を見つめるのであった。
その日の午後、一茂が学校から戻った。
「母さん!父さん帰ってきているか!」と大きな声で淑子に聞いた。一茂は学校の担任から父親が行方不明になったと聞き、昼食の弁当も食べず、急いで家に戻ったのだった。
「さっき帰ってきて、いま寝てるよ。何があったかしんねえが、よっぽど、疲れたんでないかい」と淑子はため息混じりに言うのであった。
一茂はそれを聞き、父親が無事だったことに安堵した。と同時に空腹を感じた。
奇妙な体験、あの老人と約束したことを一部始終、淑子と一茂に話したのはその夜だった。
聞いていた二人はポカンと口を開けて聞いていた。
俺は一度死にかけた。しかし、生き返って戻ってきた。それにしてもこの地球で環境破壊や人間同士がいがみ合うことを止めさせるために、自分はどう行動したらいいかと悩んだ。
いくら考えても、いい案が思い浮かばなかった。その悩みは、それからの茂三の人生に大きな重しのように圧し掛かったままだった。
次の日、茂三はまた庶野の派出所に出かけた。
田所巡査が留守だったので、勝手に派出所で待たせてもらった。