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【連載】しぶとく生きていますか?㉔

 昭和二十一年の秋のこと。
 いつものように茂三は、明け方早く、家の前の海岸を海の状態を眺めながら歩いていた。
 海のうねりがあり、いつもと違う。これから大嵐が来るかもしれないと、長い間の経験から感じていた。

 当時のフンコツ(白浜)は電気や気象状況を伝える手段(ラジオ電波など)などが全く通じない僻地であった。

 朝飯を済ませた後、昆布小屋に入って、何やら玄翁や釘を持ち出した。燃料にするマキの積んであるそばに立てかけてある平板を窓際に移動し、その平板を淑子と一緒に、窓の縁に打ち付けた。
 茂三は心の中で、今までにない嵐が来る予感をしていたのである。

「こんなもんでいいか、淑子」
「いざとなったら、裏山に逃げればいいね」と淑子が言った。その一言がその晩、皆を救ったのだった。
「今晩、松江夫婦をうちに呼んで、一晩泊まってもらうべ」
 松江の家は、フンコツでも、はずれに建っている。トンネルの際だ。大津波が来たらひとたまりもない。
 
 茂三は、その日の昼下がり、松江の家に向かった。玄関の戸を開けた。
「松、居るか?」
 家の中から松江の返事がした。
「今晩あたり、津波が来るかもしれない。朝方海岸を歩いていたら、やけにゴメの鳴き声がおかしい。波の様子も変だ。静かなのだ。その静けさもいつもの静けさと違う。なんかこう、べたっとした静けさなんだ。これは大きな波が来る予兆と思うんだ」
「茂三さん、実は俺もそう思っていた。今しがた澄子と話していたところさ」
「大波が来たら、ここはあぶねえ。今晩うちに泊まんないか」
「有難い、茂三さん。そうさせてもらうべか。なあ澄子。すぐ支度せ、貴重品は持っていくべ」と松江は澄子を促した。

 夕方、茂三の家に松江夫婦が泊まりに来た。
 晩飯を皆で食べた後、夜の帳が降りる頃、暗がりの中へ茂三と松江が出ていった。
 雲間に沈む太陽の光がうっすらと見える。その薄光が海面を走り、フンコツの浜辺がオレンジ色に染まっていた。
「松、綺麗な景色だな。俺たちだけが眺めることができる景色だ」と笑った。その笑い声が、夜中、悲鳴に変わったのだった。

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