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短篇小説(連載)星堕ちる⑧
その年の桜が散るころ、土屋家のお婆さんが逝った。
一回りも二回りも小さくなったお婆さんの遺体を入れた棺を儀一と吉蔵が交代で担いだ。その日の吉蔵は心なしか言葉数が少ないように周りの人は感じた。
集落のはずれの墓地の一画が、土屋家の墓であった。
本来であれば、前日までに穴を掘っておくのだが、吉蔵は風邪気味で、また仕事が忙しく、当日の作業となってしまった。
吉蔵は土葬のための穴を掘り始めたが、朝から体調が優れなかったのだった。首から腹にかけて重く痛いのだった。いつもと違い、微熱があるようだった。棺を入れる穴を掘るのに、二時間程要した。
穴を掘り終わって穴から出たその時、皆が見ている前で、吉蔵はふらつき、そのまま自分がいま掘った穴の中にドスーンと落ちてしまったのである。心不全であった。
参列者は一様に呆気にとられ、突っ立ったままであった。真っ先に次郎が穴の中に飛び込んだ。意識がない。父の反応がない。
「おどうの意識がない。誰か助けてくれ!」と次郎が叫んだ。
皆は呪縛から解き放たれたように弾け飛んだ。
土屋家の主人の儀一が自転車に乗り、走った。ほどなくして戻ってきた。村医者を連れてきた。吉蔵は既に掘った墓穴から出され、横たわっていた。傍で次郎が涙を流し、「おどう・・おどう・・」と叫んでいた。
吉蔵を診察した村医者は、顔を横に振った。参列した人々は、あまりにも突然のことに唖然としたのであった。
吉蔵の遺体は一旦処置のため診療所に向かった。土屋家のお婆さんの遺体はその日、吉蔵が掘った墓穴に収められ、上から土が被された。坊主の読経が始まり、線香が焚かれ参列者の焼香が始まった。皆は焼香をしながらも心此処に在らずであった。次郎は、父の遺体をリヤカーに乗せ診療所に向かっていた。あまりにも突然の事に、心の中は空っぽのままだった。なぜか涙は出なかった。
後日、土屋家の主人儀一の配慮で、吉蔵の亡骸は土屋家の墓地の中に埋葬された。
次郎は一週間ほど、アパートから一歩も出ずに過ごした。土屋家の厩の事や畑のことが気になったが気力が出ないのである。ようやく黒磯に手紙を書く気になったのがそれからしばらくしてからだった。
一週間後のある日、次郎は土屋家にでかけた。土屋家の皆は心配顔で迎えてくれた。そして、次郎の今後のことなどを親身になって考えてくれた。
「次郎、お前今後どうする。思っていることを正直に話してほしい」と主人の儀一が聞いてきた。
「この度の事で、皆様にご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。もう僕は黒磯には戻れません。勝手なお願いであることは、分っていますが、こちらに置いてもらえませんか」
「分った。次郎君がそういうことなら、引き続き、ここで働いてもらおうか」と儀一が言った。
「ありがとうございます」と次郎は深々と頭を下げるのであった。傍にいたツネは心なしかほっとした表情を見せた。
次の日から次郎は、アパートから土屋家まで通ってきた。