【連載】負けない 第2話
その日は朝から冷たい雨が降り続いていた。
会う時間は夕方の六時。悦子は兄と一緒にその店に着いたが、まだ弘は来ていなかった。
三十分経っても来なかった。
兄は弘の携帯に電話したが通じない。
一時間経っても弘は来なかった。
二人で食事を済ませ、そのまま家に帰った。
兄と弘の関係は、小学校時代からの同級生で、いつも二人で行動するという仲良しだ。
二人の関係がずっと続くために、私と弘を結婚させ、義兄弟になることを望んでいるのかと、悦子は思いもした。
昔で言えば政略結婚だと、あり得ない考えがよぎる。
弘のことは以前からよく知ってはいた。
真面目でおっちょこちょいで融通の利かない男で、フィーリングが合わないと悦子は思っていた。そういうこともあり、弘が、「こんにちは」と挨拶しても、半ば無視した形で頭を下げる程度だった。
兄と弘は高校を卒業すると、仲良く同じ大学に入学した。
それを遠巻きに眺めていた悦子だった。
二人が大学を卒業して働き出してからも、兄と弘は連絡を取りあっていたようだ。
兄は某印刷会社の営業、弘はプラスチック関連商社の営業と、ふたりとも忙しい日々になり、休みの日でも、弘が家に遊びに来ることとがめっきり減っていった。
ある日、兄から「悦子に話があるから」と、声がかかった。
そのころ悦子は短大を卒業して実家近くの幼稚園で働いていた。
「悦子どうだ。弘と付き合ってみないか」悦子は憤慨した。
「付き合ってみない? ふざけるんじゃない!」
いくら尊敬している兄でも、どうして直球的な言い方しかできないのか。
当然断った。
しかし諦めるどころかその後も兄はことあるごとに、悦子に弘のことを話すのであった。
あの日、弘は来なかった。悦子は、どうして来なかったのか気になった。
同時に、どうしてそういう気持ちになるのか、悦子は自分でも驚いた。
正式にお会いしたら断れないかもしれないという一抹の不安もあった。
悦子は自分のそういう気持ちに自虐の念を抱いた。