【連載小説】憐情(16完)
あくる年の秋も深まった時季、お袋は、体調を崩した。
裏庭の狸の夫婦は、心配と見えて、毎日夕方、実家に訪れて来た。
私の仕事も、会社の需要が増えて忙しくなり、帰りが遅くなることが多くなったので、狸夫婦がお袋の面倒を看てくれて大いに助かった。
狸夫婦はお袋に、早く良くなって欲しいと念じた。
また、もうすぐ冬がやってくるので、冬ごもりの準備に入らなければならなかった。
そういうことは、お袋にも私にも知らせてくれなかった。気遣いだった。
一進一退の病状の中で、お袋は狸夫婦の献身的な看病に、いつも感謝で枕を濡らしていた。このころはとみに涙もろくなっていたのである。
そして冬が駆け足で近付いたころ、お袋は町の病院に入院した。膵臓が弱っていたのである。
狸夫婦は、人間の夫婦、それも親戚の者に化けて、毎日のように病院を見舞った。私は本当に彼らに感謝し、頭が下がるのであった。
その狸夫婦は看護疲れで、ふらふらになりながらも看病を続けてくれた。
狸夫婦は、木枯らしが吹きすさぶときや粉雪が舞う寒い日も、病院に来てくれた。
その年の暮れ、お袋は、その狸夫婦に感謝し、手を合わせながら息を引き取った。
狸夫婦の惻隠の情に「ありがとう」と言って。
【了】
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