【連載】しぶとく生きていますか?㉒
松江純一は明治の終わりに香川県高松でうどん屋を営む家に三男坊として生まれた。
生活は裕福ではなかったが、両親は何とか学校だけは出してくれた。小さい頃からおとなしい子だった。しかし気が短く、すぐカッとなることを両親は心配した。
尋常小学校を卒業後、純一は大阪に出て、ある商家の丁稚にはいった。
躾は厳しく幾度となく逃げて帰ろうかと思った。しかし、ここで挫けてはならないと歯をくいしばり日々先輩に怒られながら過ごし、あっという間に十八になった。
年に一度香川の松山に帰った。相変わらず実家の店は細々と商いをしていた。そのころから純一の心に変化が生まれた。外国は無理だとしても、せめて日本の遠いところの世界に行こうと....…。
短い休みも終わり大阪に戻った純一は、暇をもらった。つまりそこの商家を辞めてしまった。
一人汽車に乗り、北へ北へと向かった。
東京に一カ月ほどいて、様々な場所を観て歩いた。しかし純一はただ疲れるだけだった。(俺は都会にはむかない)と思った。やはり大自然の中で野生の如く生きると決めたのである。
そしてまた北に向かった。青森から北海道に渡った。函館に着いた時、まさに俺の住む天地だと直感した。
函館の街は活気があった。しかし大都会とは違う庶民の賑わいだった。もう少し東に行こうと函館から苫小牧へ。そこからトラックに乗せてもらいながら、襟裳岬に立った。
その岬に純一は魅了された。吹く風が強く何もないところだが、自然も人間もとにかく素朴なのだ。これが人間本来の営みなのだと思った。(ここに決めた!)遂に純一は自分の住むべき場所を見つけたのだった。
松江が話し終った。
茂三の息子の一茂は既に自分の布団に入って寝息を立てているようだ。淑子はお茶を入れ直し松江に勧めた。
「松ちゃんお前、俺の思っていた通りの男だ。安心して自転車屋の娘、澄ちゃんとお前を夫婦にするため一肌脱ごう」と茂三は力強く言った。そして、
「お前が、ここ襟裳をこよなく愛していることが判った」
淑子は、嬉しそうに微笑んでいた。
その後、とんとん拍子に松江と澄子の縁談が進み、ついに翌年の七月の大安の日に結婚式を挙げた。盛大な結婚式ではなかったが、それでも賑やかだった。四国からはあまりに遠いため、参加者は無かったが、祝電が来た。松江はそれだけでも大変満足した。式は庶野の神社で挙げ、吉田旅館でささやかな祝宴をした。
三度の食事は澄子が作るため、松江は茂三の家で食べることは無くなった。一茂が寂しがった。松兄が澄子さんに取られたと思ったらしい。
その澄子は大の働き者だった。朝早く、純一と二人で海岸に出て沢山の昆布を拾い、松江の家は徐々に裕福になった。あばら家の様な家も建て替えて立派になった。茂三は我がことのように喜んだ。