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短編小説「別杯」3

 三日後の土曜日の午後、私は商店街のなかにある書店で一冊の本を買った。家に帰って茶を啜りながら読みだした。
 その本のタイトルは『人はなぜボケるのか』という。(早瀬圭一著  新潮文庫)
 読み進むと、私は、あるページに興味を持った。その内容は以下のようだ。
 
 やる気がわかない、集中力がなくなった、同じ話を何回もする、直前に食べたものや銀行口座の暗証番号を忘れる、などは軽度認知症という。何も対策を講じない場合、七十パーセントの人が三~四年以内に認知症を発症する。
 認知症は高齢になるにしたがって増加する傾向がある。日本では約四六〇万人、六五歳以上の高齢者の約十五パーセントが認知症。今後増加する傾向だ。症状として、物を覚えられない、今までできていたことができなくなる、怒りっぽく攻撃的になる。さらに症状が進むと、物盗られ妄想、幻覚、徘徊、漏らす等の症状が出る。
 私は、それらの箇所を読みながら、多少の違和感を感じた。
 その理由は、軽度認知症になり、何も対策を講じない場合、と書かれていたのだが、その対策とは? そして七十パーセントの方が三~四年以内に、認知症を発症する。
 という箇所だ。人によっては差異があるのだが、画一的にみている。
 八十を過ぎた私たちに対する侮辱的な表現ではなかろうか。
 『認知症』という表現も嫌いだ!
 (年寄りは元気だぞー!)と言ってやりたい気持ちになった。
 
 早速、二人にその内容を教えてやろうと、次週の火曜日の昼時、食事を兼ねて、例の喫茶店に榎さんと蛭間さんを誘った。私は食事が終わって珈琲を口に運びながらその本の内容を話した。二人は、真剣に私の話す内容を聴いていた。しかし話の途中で榎さんが口を挟んだ。
「将来、それも近い将来訪れるかもしれないが、今、われわれには縁遠いよ。だって、こうして三人で、これから何かしでかそうと相談しているうちは、脳内細胞が活発に働いているからな。それに、こうしてお互い刺激しあうことが、呆け予防になっていると僕は考える」と言い笑った。
 間髪を入れず蛭間さんも、
「そうだよね。呆けないためにも早く決めようよ、これから行動することを」と言い放った。
 それから、三人で先週の話し合いの続きを議論した。しかし、お互い言いたい放題で、ちっとも纏まらない。また次回にしたのだった。

 喫茶店に長居したせいか、既に三時を過ぎていた。
 私は帰り道、アイスクリームが食べたくなり、いつも行くスーパーに立ち寄った。店内に置いてある籠を手に取り、ぶらつき乍ら食品を眺めて移動した。
 カップ麺の置いてあるコーナーに差し掛かった時、挙動不審な婦人を見掛けた。七十歳代の品の良さそうな容姿であるが、仕草がどうも不自然なのだ。キョロキョロ目が泳いでいる。買い物かごと一緒にエコバックを広げて持っている。私は何食わぬ顔をしながらその婦人の動作を注視していた。
 あ! 入れた! カップ麺を二個確かにエコバックに入れた。買い物かごではない。万引きかもしれない。私はこういう時はどう対処していいものか迷った。スーパーの従業員は見当たらない。迷っている間にその婦人は、別のコーナーに移動してしまった。後をつけようかとも思ったが、その勇気が出なかった。取り急ぎアイスクリームを二つ仕入れ、レジカウンターに向かった。精算を済ませたあとレジの女性に、
「すみません、店長にお話ししたいことがあります。呼んでもらえますか」と聞いた。一瞬その女性は怪訝な表情を示した。
「今しがた、万引きらしい現場を見てしまった」と低い声で話した。そのレジの女性は、通りかかった従業員を呼び止め、耳元で囁いた。
 バックヤードから店長らしき五十がらみの細面の男性が、私の傍に近づいてきた。
「万引きの現場を見たのですか?」
「はい、あそこのカップ麺のコーナーです。七十がらみの婦人でした」
「お客様、私と一緒に店内を廻ってください。その婦人を教えてください」と店長は私を促した。
 その婦人は鮮魚コーナーにいた。私は店長にその婦人を教えた。店長は、
「ありがとうございました。最近万引きが多いんです。しかし現行犯で捕まえるしかないのです。注意します。ありがとうございました」と私に礼を言い、その場を離れた。

 家に戻り、あのスーパーはどう対処するんだろうかと考えた。
 毎回このようなことが続くと店側として、大層な損失である。婦人を捕まえ常習の場合は、警察に通報するだろう。あの婦人は、生活に困っているようには見えなかった。ということは、ストレス発散なのか?
 

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