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短篇小説(連載)星墜ちる⑬

 翌年(昭和二十一年)の夏、長女が生まれた。深江と名付けた。
 深江はよく夜泣きをした。
 ツネは次郎が泣き声で目が覚めないか気が気でなかった。時には次郎が起き上がり、大声で怒鳴るのであった。
 ツネは気遣いでふっくらした体形が徐々に痩せ細っていった。しかし、修善寺に帰る気持ちを抑えた。そして耐えた。次郎の不安定な気持ちが収まるのを待った。

 昭和二十二(1947)年 長男清一が生まれた。次郎は殊の外、清一を可愛がった。子煩悩な次郎であった。
 ある日、次郎は満一歳になる清一を連れ出し、近くの公園に遊びに出かけた。
 まだことばの判らない清一をブランコに乗せ、次郎はさかんに話しかけていた。
「清一、お前はお父さんのようになったら駄目だぞ。大きくなったら教育の道に進むのだぞ」
 自分が果たせなかった教員の道を、我が子に託すのであった。
 
 昭和二十四(1949)年秋、ツネは久しぶりに実家に帰った。
 父親の儀一が体調を崩し入院したのだ。その見舞いを兼ねて修善寺に戻ったのである。
「ツネ、お前、昔のコロコロした姿はどこに置いてきたのかね」母親のサチが心配して尋ねた。
「次郎さんは元気かね? お前を大事にしてくれるかね」母親は、そう言いながら今のツネの状況が手に取るように判るのであった。
 ツネは母親の前で不覚にも涙を流してしまった。
 親に心配かけたくないと考えていたツネは、母のやさしさに接し、傍に二人の我が子がいるにもかかわらず、涙を見せてしまった。
 サチはツネを優しく抱いてあげた。サチも泣いていた。幸せな結婚生活を期待していただけに、次郎に対して憤怒の気持ちが湧いてきてサチは歯軋りするのであった。
 
「ツネ! 何していた。実家に帰って一週間も帰ってこず、呆れたやつだ」と言って、次郎はツネを殴った。初めて次郎はツネに手を挙げた。何回も何回も殴った。ツネはただ殴られていた。二人の子供たちは大きな不安からか、泣くことも忘れて小さくなっていた。
 そのころ、次郎はまた、働きに出ていた職場の上司との折り合いが悪く、後先を考えず、仕事を辞めてしまったのだ。
 益々生活は困窮していった。
 

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