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短篇小説(連載)星堕ちる①

*連載文中、現代にそぐわない表現などが一部ありますが、本小説の時代
 背景などを配慮しての表記のため、ご理解願います。 


 太平洋戦争勃発の前年、昭和十五(1940)年五月一日のことだった。
 十四歳の福田次郎は、黒磯から朝八時過ぎの汽車に乗り、正午頃に上野駅に降り立った。
 詰襟の学生服姿のまだ子供の面影が漂う姿である。彼は駅構内を、物珍しそうに歩いた。
 黒磯と上野では気温の差があるらしい。東京は春めいた陽気になっていた。
 彼が東京に出て来たのは初めてである。まして一人旅である。
 次郎は、おなかが空いていた。食べ盛りである。
 お袋のしずが持たせてくれた握り飯は、汽車に乗ってほどなくして、食べてしまっていた。
 次郎は、駅弁を一つ買った。構内のベンチでむさぼるように食べた。

 これから省線で東京駅に行き、東海道線に乗り換える。その後、三島で駿豆線に乗り、終点の修善寺に着くのが午後の三時過ぎになるだろうと見積もった。
 この旅の目的は、失踪した実父を探すためであった。
 修善寺までは、まだ遠いと思いつつ駅弁で元気を取り戻した次郎は、上野駅のホームを歩いた。
 見知らぬ人達が、先を急いでいる。
 駅構内の人の流れは少ない。それでも次郎には大勢の人がいると感じた。
 当時、東京でも流行はやり病が蔓延していた。
 次郎は黒磯から母が縫ってくれた布マスクをしてきた。感染してしまったら洒落にもならない。
 マスクをつけることに慣れていないせいか、息苦しさを感じた。ましてここは東京なのだ。様々な人がうごめいている。感染している人からうつされかねない。
 鼻だけがマスクから出て、おかしな格好だった。次郎は希望と不安を抱いて、列車に乗ってきたのだった。

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