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短篇小説 晩景の花火(5)
タイミングよく、不動産会社が勧める良い物件があった。
さゆりと裕の二人はすぐ店の車に便乗し、そのアパートの部屋を見に行った。
場所は中野駅前の建物で、六部屋あるアパートの二階の真ん中の部屋だった。バス・トイレ付の六畳の部屋だった。
「裕君、ここがいいね」とさゆりが奨めた。裕は複雑な心境だった。というのも、東京に出てきて放浪し、不安に駆られた三日間。幸運にもさゆりに拾われ、いまは自分が住むアパートを決める。世間ではツキが回ってきた、というかもしれないが、なぜか裕は一抹の不安に駆られた。
不動産屋に戻った二人はすぐ契約した。敷金と礼金はさゆりが支払ってくれた。実のところ、裕には持ち合わせがほとんどなかったのである。まだリフォーム前の物件のため、二週間後に入居することとなった。
それから、裕はさゆりと別れ、夜の七時まで新宿を散策した。昨日までの心細さが消え、夢のようなさわやかさだった。
さゆりは、美容院に寄ってから、いったん自宅に戻り、夜の八時ごろ店に出るとのことだった。
夕方の新宿の歓楽街は、夜の準備が整ったようにネオンが点灯しだした。そのネオンが美しかった。
長岡では見たことのない妖艶な明かりが明滅していた。その派手やかさに、ある種の威圧感を感じたのと同時に、長岡の花火を連想した。まさに夕景の花火のような気がした。
裕は伊勢丹百貨店や紀伊国屋書店に入り、様々な品を丹念に見て回った。時間は瞬く間に過ぎた。田舎にはなかった珍しい牛丼店で晩飯を済ませ『沙友里』という名の会員制クラブに向かった。
すでに店には、ひとみが来ていた。ひとみは青森の出身で、この年二十一歳になるという。東京に来て、方言を必死に直したといった。七時半過ぎにはほとんどの女性が出勤した。
ママのさゆりが八時過ぎに出勤した。
「さゆりさん、今日はありがとうございました」と、裕はアパートのことの礼を言った。
さゆりの指示で、裕はホールを担当し、カウンターの中で、洗い物や簡単な料理、乾きものの準備もすることになった。
その日は、客の入りが多かった。裕は、必死に働いた。あっという間に閉店時間が来てしまった。
客がすべて帰った後、一息ついた。すでに一時近かった。後片付けを済ませ、さゆりとタクシーに乗り、マンションに着いたのが、午前二時を回っていた。
さゆりは、店での裕の立ち居振る舞いを観察して、この子は、この仕事に向いていると感じた。自分の勘は当たったと満足した。
そのような生活が二週間ほど続き、裕は中野のアパートに越した。彼の荷物は大きめなバック一つに余裕で入った。裕はその荷物を持って中野に向かった。