短篇小説 晩景の花火(4)
落合のマンションに着き、部屋に入ると、さゆりと同居している男がソファに座り、ウィスキーを舐めながらテレビを観ていた。
「ただいま」とさゆりが言うと、男がこちらを見て、
「お帰りー、あれ? その子は?」と聞いた。
「明日から、うちの店で働いてもらう裕君」
裕は、その男に、
「細田裕と言います。よろしくお願いします」と挨拶をした。
裕は、人のよさそうな、それでいて頼りがいのある人だと思った。そして、さゆりの亭主だろうと思ったが、二人の関係を聞くのを躊躇った。
「そこに座って。お腹空いているでしょう」とさゆりが台所に立った。そして夜食を作りながら、
「あなたも食べる?」と同居の男に聞いた。
「いや、俺はいいよ」と男が言った。
「その子をどこで?」と、男がさゆりに聞いた。
さゆりは、台所に立ちながら、
「新宿の公園で見つけたの。今までお店にいて、泊るところがないというものだから、しばらくうちに泊ってもらうことにしました。いいでしょう?」
「構わないよ」と、男は嫌がらずに返事をしてくれた。
裕はその親切に、感謝し、その温かみに思わず感激し涙を堪えた。
「裕君は何歳になる?」と、その男が聞いた。裕は鼻声で、
「今年、夜間高校を卒業したので十九になります」
「出身は?」
「長岡です」
「新潟だ。花火で有名だよね」と、男がグラスを口元に運んだ。
男は、さゆりの内縁の夫で、名前を橋田紀夫といった。
九州宮崎のえびの市出身で、新宿にある小さなスナックの経営者だ。会員制クラブ『沙友里』のオーナーでもある。年は四十八になる。
そのマンションの部屋の間取りは、二DKで五十二平米ほどだ。リビングの煩雑さが生活感を醸し出していた。
夜食は、キツネうどんだった。
「裕君、食べて」と、さゆりは自分の分と裕の分を、テーブルに運んだ。
裕は、うどんを口に運んだ。旨かった。食べながらこの味を一生忘れないでおこうと思った。
次の日は、三人とも昼近くまで寝ていた。裕は、腹が空いて目が覚めた。
昼は、落合駅前でラーメンを啜った。
紀夫はこの辺のおいしい店は把握していると、彼は自慢げに話すのだった。
ラーメン店を出た三人は、喫茶店に寄り、紀夫はパチンコへ、さゆりと裕は、不動産屋に寄った。裕のアパートを物色するためだった。