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【連載小説】憐情(9)

 面接から二日後、私に連絡が入った。
 面接に行った会社からだった。
 来週から来てほしいとの内容だった。私は、すぐ承諾した。
 勤務時間は朝の九時から夕方の五時まで、土曜と日曜と祝祭日は休みである。

 次週の月曜日に自家用車で初出勤した。就業開始時間の三十分前にその会社に着いた。
 営業所長と総務部長、営業部長、製造部長と部長と名のつく方々は既に出社して机に向かっていた。
 私は、早速挨拶廻りをした。
 九時の始業に朝礼があった。そこで所員六十名ほどに向かって総務部長が私を紹介してくれた。
「この度、ご縁があり、お世話になることになりました。会社の発展のために微力ではありますが貢献できればと思います。宜しくご指導ご鞭撻お願いいたします」と私は挨拶をした。
 すると社員の中から「微力じゃないだろう、全力でだろう!」と声が掛った。私は「はい、全力でがんばります!」と言い直した。汗が吹き出た。所員は一斉に拍手をしてくれた。私はホッとした。

 この営業所は、鉄骨構造(S造)の五階建ての建物で、総務部は一階である。
 朝礼は五階の大会議室で毎週月曜日に行う。建物の前が国道ですぐその前が海である。防波堤があるが防潮堤はない。津波がきたらひとたまりもないだろうと思った。
 この会社は消波ブロックの型枠のレンタルの他にも、さまざまな建築土木機材のリースも行っている。製品ひとつひとつの名前を覚えるのが難儀しそうだ。ただし、配属部署が総務部門のため必死に覚えなくてもよさそうだ。

 総務部長に連れられて、四階にいる所長に挨拶をした。所長は応接セットに座るよう手招きした。
 部長と私はそのふわふわのソファに座った。
 五十代半ばの所長はその朝はすこぶる上機嫌であった。その朝に限らずいつも元気の良い溌剌とした所長であると、後から総務部長が話してくれた。

「君のような優秀な社員が、わが社に来てもらって感謝しています。これからも一生懸命お願しますよ。ところで君は結婚は? なんでしたら紹介してもいいですよ」と唐突な話であった。私は恐縮した態度をとりながらも心では、(ありがた迷惑だよ!)と叫んでいた。ただ、口から出た言葉が、
「独身です。宜しくお願い致します」であった。

 慌しく、最初の一週間が瞬く間に過ぎ去った。
 土曜日は休みであるが、疲れて昼近くまで寝てしまった。起き抜けにお袋が、
「今日の夜、狸一家が家に遊びに来るよ」と言った。私はゆっくりしたかったのにとお袋に言ったが、お袋は意外なことを言いだしたのである。

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