【連載小説】憐情(1)
三日間休暇をとり、私は日本から離れ、南の島に休暇に出かけた。
砂浜に寝そべり、抜けるような青空の下、きらめく太陽をいっぱいに受け、甲羅干しをした。湿気を含んだ風が赤みを帯びた体に纏わりつく。まもなくスコールがやってくるかもしれない。
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入社間もない頃、仕事で父島・母島のもっと先の硫黄島に行ったときのこと。
その島で働いていたある建築関連会社の人から、
「スコールがやってきたら石鹸をつけて体を洗えるよ」と、教えてもらったことがあった。それ以来、無精な私は南国が好きになった。
自衛隊の輸送機C-1に乗り、硫黄島の空港に到着し、タラップを降りていると、洋服の中が涼しく感じられた。初めての経験であった。
大手建築会社の関係者が大勢かまぼこ兵舎に寝泊まりしていた。摺鉢山にも行った。
第二次世界大戦下の硫黄島で、日本軍がアメリカ軍と歴史に残る戦闘を繰り広げた島である。
慰霊塔で線香をあげ何万という両国の戦死した方々に回向した。
歴史長編小説を読んでいる人もいた。
ジャングルに迷い込み、行方不明の方がいて、皆で捜索していた。私は貴重な経験をした。
その後、私は当時働いていたその会社をやめ、小さな会社の事務関係の仕事に就いた。
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やはり年中暖かいところはいいと思う。
季節の変化が無いのもどうかと思うが、ともかく三日間投宿して日本へ戻る予定で、程よい休養となるはずであった。
都会の喧騒の中で生活をしていると知らず知らずの内に多くの現代ストレスに苛まれるので、たまには都会から離れるのもいい。
太陽が西に傾きかけた頃、砂浜からホテルに戻った。
何処からともなくフルーツの香りが微風に乗り漂ってくる。良い香りだ。
部屋で日本から持参した電子書籍端末を開いた。
お茶ノ水にゆかりのある夏目漱石の短編小説を読んでいるうちに、いつのまにか眠ってしまった。
既に夕食の時間は過ぎている。
一階にあるレストランに行こうと、寝ぼけ状態で靴を履いて歩き出したとき、足がもつれて倒れてしまった。
その時に机の角に額をしたたか打った。一瞬朦朧となったが直ぐ正気を取り戻した。
額が切れて血が流れていた。それも半端な量ではなかった。直ぐ近くにあったタオルで額を押えフロントに電話した。
ホテルの従業員が部屋に駆けつけた。
応急処置をしてもらい、ホテルの近くの病院に搬送された。救急患者のため、すぐ処置となった。額を五針程縫う怪我であった。
手術後ホテルに戻った。しばらく部屋で安静にすることとした。そのうちお腹が空いていることに気が付いた。
レストランに晩御飯を食べに行こうとして足が縺れ、怪我をしてしまったのだ。まったくもってついていない。
軽食を部屋まで運んでもらってそれを食べた。こうなったら部屋でおとなしくしているしかない。出るのはため息ばかりだった。
せっかくあと二日のんびりしようとしたらこの様である。しかし、逆にこれでのんびりできるのだと、やせ我慢的に自己を説得してそう思ったが、複雑な気分であった。
抜糸は日本に戻ってからとした。とんだ旅行になってしまった。
その二日後、日本に戻った。
病院で精密検査を受けたが、問題はなかった。