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短編小説「別杯」5

 ようやく春らしくなったある日、カラオケ店の蛭間さんから私の携帯に連絡が入った。
 いつもの喫茶店に午前十一時ごろ来てほしいという。榎さんも来るという。時計を見ると既に十時半を回っていた。
 私は急いで支度をし、喫茶店に急いだ。

 喫茶店に着くと、二人はすでにモーニングコーヒーを飲んでいた。私が座ると、蛭間さんが深刻な顔で、下を向いていた。
「どうかしたの? 蛭間さん」
「女房にバレてしまってね」
 私は怪訝なトーンで、「そのバレたとは?」と聞いた。
「実は、浮気がばれてしまったの」と榎さんが横から口を挟んだ。
「何? 蛭間さんが浮気した?」
 私は半分冷やかし気味で驚いたように言った。すると、蛭間さんが、「その浮気だよ」というではないか。私は、
「相手は誰だよ?」「四十五の中年で独り身」と蛭間さんがボソリと応えた。
「子供ができたわけではないだろう」
「よしてくれ、八十過ぎてできるわけが、ないじゃないか」
「それもそうだ」
「で、相談とは?」と私が聞いた。
「女房が怒り狂い、離婚すると言い出したんだ。子供にも連絡して、大騒ぎさ」
「それでどうするの、蛭間さん」と私は詰め寄った。
 榎さんが、二人の会話に入った。
「一人で考え込んでも埒が明かなく、我々に相談しようと、やって来たわけ?」
「三人寄れば何とかじゃないが、考えよう」と私は言った。
 それから、三人で善後策を話し合った。
 まず、その女とはきっぱり別れる、そして、奥さんに詫びる、子供たちにも詫びる。それでも、お許しが出ない場合、奥さんと離婚して、独り身になる。財産は全て奥さんにやる。
「おい、ちょい待ちよ。それじゃ僕一人になっちゃうよ」と蛭間さんが悲壮な声をあげた。
「ほかにいい解決策があるか?」榎さんが腕組みをして考え込んだ。
 これは、相当やばいことになったなと、私も思案気に珈琲に口をつけたが、カップの底の溜りを啜っただけだった。

 その後、危惧しているにもかかわらず、蛭間さんから、その話は一向に聞けなかった。こちらから聞くのも憚れたが、奥さんと別れた話は聞こえてこないので、まあ何とか解決したのだろうと思っていた。そして、その話題が知らぬ間に、消えて行ったのである。

 一か月後、三人で会ってお茶していた時、突如蛭間さんから例の話(浮気がばれた話)が出たのである。
「なに! 蛭間さん、お前さん! その女と別れたのか?」と私が聞くと、
「その人のために家が崩壊しても面白くないので、手切れ金を渡して、キッパリ別れた。そして、女房に土下座して謝ったさ。一時の出来心だといって。そしたら許してくれたよ」というではなか。榎さんも私も、異口同音に、
「それならそれで、報告があってもいいではないか。お前、そんなに世間知らずなのか」
 我々から叱られた蛭間さんが、小さくなっていく。
「さんざん我々に心配かけて、一言謝れ!」と言って、私は、テーブルのグラスを持ち上げ、一気に水を飲み干した。
「心配かけた。謝る」と言って、ペコっと頭を下げた。
「まあしかし、良かったな」と榎さんが冷やかし半分に言った。
「飲みなおそう。マスター! 珈琲お代わり三つ」と私が言う。
「当然、ひるまさんもちー」と榎さんがおどけた声を出した。
 
 地域貢献のことに関しては、三人の間で、話し合いが続いた。
 そして、話が持ち上がってから、既に半年ほどたってやっと話が纏まった。それは、『ぶらぶら歩こう』というじじいサークル。これで世間様に貢献するつもりでいるのか? 甚だ疑問符がつく。
 三人それぞれの予定もあることなので、曜日を決めることにした。毎週水曜日の午後とした。
 持ち物は、水筒、途中で水分補給のため。シルバーパス、これは疲れ果てた場合、帰りはバスに乗り帰ってくる。それにわずかの現金。服装は、季節によって違いがあるが、身軽なものとした。
 
 その日がやって来た。
 私は、朝からそわそわと、心が浮き立った。
 午後二時の十分前になった。私は家を出て、集合場所の青空公園に向かった。住宅街のはずれのその公園は、遊具といっても、古びたブランコと滑り台があるだけ。大きなナラノキが一本空高く構えている。
 

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