![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/157067098/rectangle_large_type_2_6e31ce041c1844c937eec99083d54001.png?width=1200)
短篇小説 晩景の花火(17)
宮崎から東京に戻った裕は、多忙を極めた。死んだ橋田が経営していたスナック『カサブランカ』の経営を任され、日中は東郷不動産で働き、仕事が終わり次第、直ぐにカサブランカに出向き、パートの吉田友子と開店準備を始めるのであった。
毎日その繰り返しだった。
仕事の無い日は、さゆりの様子を見にマンションに行き、日曜日は原宿のブティックにいる東郷光子と打合せするなど、超多忙な日々を送っていた。
しかし、裕はまだ若い。いくらでもその忙しさと対峙できた。
「裕君、私悔しいの。いくら犯人が捕まって何十年も刑務所に収監されているとしても、橋田が戻ってくるはずもない。毎日、時だけが過ぎていくけど、私の心は、あの日のままなの」
ある日の夜、『沙友里』に顔を出した裕に、さゆりが言うのであった。
「ママ、結構飲んでいる?」と裕が言うと、
「飲むと彼と会話ができるの、しっかりしろといつも怒られるの」と、さゆりは涙をこぼした。
さゆりの顔は最近、めっきり老け込んだと裕は感じた。裕は橋田を殺した組員の顔を思い浮かべた。調書の中の顔を、まだはっきり記憶していた。
「裕君、今夜、うちに来てくれない」とさゆりが懇願の眼差しで裕に聞いた。
「カサブランカを閉めてから行きます」と言ったものの、裕の心は複雑に浮き立った。
それから五年の歳月が流れた。裕三十五歳になった。
一九八八年(昭和六十三年)秋、クラブ『沙友里』は、半年前に閉めたままだった。さゆりの体調が思わしくなく、店を続けていくことが叶わなくなってしまった。
そして和さゆりは五十六歳に手が届く前に、亡くなった。死因は肝臓がんだった。
新宿歌舞伎町は、新しい店が次々とでき、巨大な生き物の変遷を辿るように、呼吸をし続けている。新潟からここにきて、裕は既に十六年の歳月が経っていた。
東郷不動産の方も順調だった。カサブランカも、友子が仕切るようになり、裕の生活に余裕が出てきた。それでも根が真面目な裕は、一切無駄遣いはせず、貯めたお金は、三億円近くとなった。まして東郷の店を継ぐとなれば何百億の資産となる。しかし普段の裕の生活に派手さは一切なかった。
裕の妹たちも今は何処で暮らしているだろうか皆目分からなかった。
三十五歳にもなって、未だ独身。東郷不動産の客から、結婚相手の紹介はあるが、一向にその気になれないのだった。