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短篇小説 晩景の花火(9)
それから一週間が経った。
東郷光子は、弘のことを短期間の間に、調べあげていた。
弘は、そのことを知る由もない。
裕は新宿区内のマンションの最上階の部屋から、東京の景色を見つめていた。毎日眺めていても飽きない景色だ。
東郷は珈琲を淹れ、リビングのテーブルに二人分のマグカップを置き、
「裕君、珈琲飲んで」と促した。裕はリビングの椅子に座り、珈琲を啜った。
苦い。顔をしかめた裕を見て、東郷は裕のマグカップに砂糖をいれた。
「裕君にはまだ珈琲の苦さが慣れてないのよね」といいつつ美味そうに啜った。
「素晴らしい景色ですね」と感激する裕に、東郷が聞いた。
「ところで、養子の話の件、結論出た?」
「はい、橋田の叔父さん叔母さんとも相談しました。二人は賛成してくれました。しかし、僕には何か恐ろし過ぎて、養子になりますと言えないのです」と裕は、正直に言った。
東郷は「焦らなくていいのよ。ただ恐ろしいことはひとつもないのよ」と言って、話題を変えた。
「このマンション、気に入ったかしら」
「はぁ」
「二年前に思い切って買ったのよ。いいところでしょ」
「僕には、別世界な場所です」
「直に慣れるわよ。いい? 裕君。君の人生においてこういうチャンスはめったにないと思うよ。飛び込んできなさいよ」
「東郷さん、もう少し時間下さい。あと一週間待ってもらえますか?」
裕は、遅い昼食を御馳走になり、中野のアパートにいったん戻った。
部屋でゴロンと横になり、裕はどうしたらいいものか思案した。いっそ東郷に飛び込んでみようか? それとも、こういう世界から、きっぱり抜け出し、自立して生きていこうか? なかなか整理がつかなかった。
夕方の六時を回った頃、裕はアパートをでて、新宿の大衆食堂で食事を済ませ、七時半ごろ『沙友里』に出勤した。
ママのさゆりが八時ごろ出勤し、東郷と養子縁組の件で、裕に聞いた。
「裕君、どうだったの」
「はい、それがどうも、自分の気持ちの整理がつかなくて」
「そうね、私が君の背中を押してあげましょうか。裕君、養子になったら!」とさゆりが強い語調で話した。
「はい、判りました」
「はいじゃなくて、自分の意志で決めるのよ。君の人生は君自身が決めるのよ。結論を出す前には、アドバイスを聴くことは大事。そして自分が結論出す。これが大事なのよ」
「ママ、ご迷惑おかけして、申し訳ありません。僕、養子に行きます」
「判りました。そうしなさい。よかったわね」そう言ったさゆりは、テキパキと客の来る準備を始めた。
裕は胸のつかえが吹っ切れた気持ちで、カウンターの中に入った。