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短篇小説(連載)星堕ちる⑫
次郎(十九歳)とツネ(十八歳)は結婚した。昭和二十年十一月二十三日だった。
次郎は正式に土屋家の養子として入籍した。
その日は形ばかりの式を挙げた。黒磯からは、誰一人として来る者はいなかった。
そして、その一週間後、次郎とツネは東京に向け出発した。深川のアパートに落ち着き、次郎は十二月から国鉄に通うこととなったのである。
終戦後すぐの日本では満州などからの帰還者の数があまりにも多く、鉄道帰還者は国鉄に最優先で採用となった。そういう事情の中で次郎は運よく臨時見習いとして、採用になったのである。
次郎は国鉄の宿舎の用務員として働いた。宿舎の掃除から、片付け等々、下働きの毎日であった。次郎は一生懸命働いた。しかし、半年後、宿舎の管理人の男性が次郎に向かって、
「便所がまだ汚い、掃除を怠ったな!」と怒鳴った。
「これからやり直します」
「お前、やることなすことが遅い!」
「これから掃除をするところです」
「言い訳をするな!」
次郎の顔は憤怒で顔が赤味を帯びた。
「こんなところ辞めてやる!」
とうとう短気を起こしてしまったのである。そしてそこを辞めてしまった。
その短気な性格が、せっかく見つけた職を失ってしまったのであった。
新婚生活は楽しかった。ただ、次郎に職がなかった。
次郎はツネに対して優しかった。だが、その後もすぐ仕事を辞めてしまう。以前は教員になろうと張り切ってはいたが、家庭を持ち、仕事が不安定では、収入が少なくなる。将来の見通しが立たない生活がいつまで続くのか、貧すれば鈍すとは言うけれど、ツネは次第に無口になっていった。
世間では器用貧乏な人がいるが、まさに次郎はそれであった。仕事を辞めるごとにツネは次郎と話し合った。
ツネはすぐ仕事を辞めないで、もう少し我慢してほしいと次郎に懇願した。その時はもう少し頑張ってみると言う次郎だったが、一か所に長くは続かないのだった。
日本が敗戦により、人心が乱れ、国中の男性が自暴自棄に陥っていたようにツネには感じられた。特に次郎にはその傾向が強かった。
その後、探し当てた仕事場でも何かと先輩に虐められる次郎であった。その悔しさを発散する場が、ツネとの生活の中で現れだした。
ツネは以前の次郎ではなくなったと思うようになった。幾度も修善寺に帰ろうかと思い詰めた。
月日だけが通り過ぎて行った。