【連載】しぶとく生きていますか?②
「おーい、クジラがトンネルの向こうの岩場に流れ着いているぞ」
家に戻った茂三が、家に入ってくるなり大声で叫んだ。
茂三、妻の淑子と七歳になる息子の一茂の三人が、取る物も取り敢えず十分ほどの隧道に走った。
「クジラのほかに獰猛な動物を見掛けたら、直ぐ家に戻るぞ」と茂三は歩きながら二人に話した。
「父さん、その動物ってなに?」と息子の一茂が聞いた。
「ヒグマのようだ。多分そうだ」幾分緊張した様子で茂三が言った。
妻の淑子は、ヒグマと聞いて不安になった。
隧道に近づくにつれ、微かに腐臭がしてきた。その隧道を抜けると、左の岩場の陰に黒い塊の一部が見えた。近づくと、大きなクジラであった。すでに死んでおり、海流に乗り、強風でその岩場に辿り着いたのだろう。
人間が近づいてくることを察知したのか、クジラの傍にいたはずのヒグマらしき動物は、すでにその場から消えていた。
一茂は、クジラを目撃するのは初めてだった。その長さが八メートル以上もあるのだ。一茂は思わず、
「母さん、大きいクジラだな!」と話すのであった。
生まれ落ちた時から大自然の中で育った一茂は、これは食料になるといった一種の狩猟心が沸き上がっていた。都会で育った子供に比べ、生きていくための術を身につけているのかもしれない。
「あんた、庶野の駐在員さんに知らせた方がいいんでねべか」
「そうだな、行ってくるか」
茂三はさっそく納屋に置いてある自転車を出し、庶野に向かった。