短篇小説(連載)忘却の文治(4)
北海道から家に戻った文治は、珍しく土産を和子に買ってきた。それは、小さなパッケージだった。中身はラベンダーの香水瓶だった。しかし和子の反応はいまひとつだった。
その後、二カ月ほど家に居た。妻の和子は煙たがった。ここは俺の家だぞ! と言ってやりたかったが、あらぬ波風は立てないよう、思いとどめた。
そのほうが平和に過ごせるからだ。
晩秋に近づいたある日の夜、文治は和子に、
「明日から、旅に出る」と言った。
「今度はどちらへ?」と和子は、にっこり微笑んで聞いた。
「佐渡島」
「あの佐渡?」
「そうだ」
そのような短い会話を交わして、次の日、佐渡へ出発した。出がけに和子が、
「今回は何日間の予定?」と聞いてきたが、「うーん」と言ったきりだった。いつものことである。
文治には何日の予定か、分からない。いつも気まぐれで計画性がない。
最近、その佐渡島が世界遺産に登録となった、という新聞記事に目が留まった。文治はまだ一度も行ったことがない。まして、文治の先祖の一人が、江戸時代、下級武士として、流罪人をその島で取り締まっていたという。
本当かどうか判らないが、罪人は腕にカタカナでサという入れ墨を入れていたらしい。
鎌倉時代、あの日蓮が流罪された島である。